立教大学文学部教授・加藤喜之氏のベストセラー『福音派──終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(中公新書、二〇二五年)が世に出たときの衝撃を、いまも鮮明に覚えている。福音派という終末論的な世界観を持つ宗教集団が、なぜトランプ大統領が率いる超大国・アメリカを突き動かすに至ったのか。その歴史と現在地を描きだした同書は、私たちのアメリカ観を塗り替えた。
日本のニュースで語られるアメリカ論といえば、ワシントンDCの政局か、ウォール街の資本の論理、西海岸のテック企業といった、政治経済の分析に偏りがちだった。そうした使い古された枠組みに対し、加藤氏は「宗教」という、日本人がもっとも敬遠してきた急所を鋭く突いたのである。
本書は、その加藤喜之氏が語る、現代アメリカ政治・社会論の決定版だ。ページをめくっていけば、日本人が知らない「自由の国」の裏の顔が露わになっていくだろう。
本書の母体となったのは、私がTBSテレビで仲間とともに立ちあげた金融・経済の新興デジタルメディア、CROSS DIGの人気ユーチューブ番組『BACKSTAGE AMERICA』だ。加藤氏と私が共同MCを務める。
しかし本書は、単なる番組の書き起こしでも、一方的なインタビューでもない。深夜におよぶ徹底的な追加の議論と、大幅な書き下ろしを経て、加藤氏と私の共同作業として世に問うものだ。その理由は明確である。いまアメリカで起きている地殻変動は、加藤氏の思想史・宗教学の専門知に、私が現場で対峙してきたメディア論やテックカルチャーを激突させなければ、捉えきれない。双方がそろって初めて、怪物の姿をつかむことができる。
私は新聞社、アメリカ発のデジタルメディア、スタートアップ企業、テレビ局と、キャリアを変えながら、二十年以上にわたって情報空間の激震を見つめてきた。幼少期はアメリカで育ち、テック企業の狂騒とメディアの変容に身を置いてきた人間として、いまのアメリカからは不気味さを感じる。
この超大国を真に動かしているのは、表舞台の「A面」ではない。舞台のウラに渦巻く「B面」のエネルギーだ。
数千人が集うメガチャーチ、イエス・キリストの名のもとに戦争を正当化する閣僚、国家をCEO(最高経営責任者)のような君主が統治するべきだと説く暗黒啓蒙の思想、そして自らをキリストになぞらえるトランプ氏のAI画像。リベラルの象徴だったシリコンバレーすら変貌し、テック右派が台頭している。かつて、エリートたちの「A面」からは、こうした思想や宗教の動きは前近代的なノイズとして片付けられてきた。だがいまや、その「B面」が舞台中央へと乱入し、超大国の未来を決めている。
メディアの世界も同じだ。巨大メディア(A面)への信頼は揺らぎ、個人が配信するユーチューブ(B面)が政治を動かす。地上波テレビ(A面)の中から、ユーチューブ(B面)で本番組を配信しているのも、「ひりひりするAとBの攻防」をつかみたかったからだ。
生成AIが、もっともらしい解説を量産する時代である。しかしそうした予定調和からは何も見えてこない。ニュースが語らぬアメリカの違和感を私がぶつけ、加藤氏が宗教と思想の深層から、容赦なく打ち返す。収録現場はデジタルの世界とは程遠く、身体と身体がぶつかるような真剣勝負の場となった。私は「聞き手」という立場を捨て、声を上げ、対峙した。結果的に、名著『福音派』の端正な論考からは見えなかった「加藤喜之のB面」──気鋭の思想家としての生々しい洞察および肉声──と、新たなアメリカ像が浮かび上がった。
二〇二六年、建国二百五十周年を迎えたアメリカは、中間選挙を経てどこへ向かおうとしているのか。政治や宗教だけではなく、食文化、ジャズ、ヒップホップ、そしてテック右派に至るまで、加藤氏や私のいちおしの重要文献や映画とともに、縦横無尽に語り尽くした。アメリカを学ぶためのブックガイドや映画ガイドのような本にすることも目指したつもりだ。煌びやかな客席を後にし、重い扉の向こうのバックステージへ。そこに立ち現れる、日本人が知らなかった超大国の姿を、目撃していただきたい。
竹下隆一郎
「はじめに」より






