──デビュー作『蛇にピアス』では登場人物同士がもっと噛みあっていたように思います。
金原 そうですね。もっと噛みあっていました。あの小説で伝えたい事は、リアルな現実感覚というよりも、幻想的なストーリー内でこそ見えてくる人間性だったので、ああいう形になったんだと思います。でも、『蛇にピアス』の最後で主人公ルイが、恋人のアマをシバが殺したかもしれないと思いながらもシバと一緒になったのは、『憂鬱たち』の中で神田憂がなぜかショップに行ってしまったり、なぜか秋葉原に行ってしまったりするのと根本的に通じるところがあるんです。説明のつかない人間らしさという点では。
──『蛇にピアス』の殺人が起こった非日常的な設定から、平凡な日常が舞台になったのはどういう変化でしょうか。
金原 人はどんなに満たされていても憂鬱から逃れられないのか? という疑問があったんです。自分が書くモチベーションは貧乏だったり病気だったり、環境に恵まれていないといった不幸には基づいていません。主人公が不遇な状況にある小説というのは、不遇が改善してしまうと意味があやふやになってしまう気がします。例えば容姿的にも経済面にも満足のいく愛情豊かな夫がいて、仕事にも子供にも両親にも恵まれた超セレブな美人女性がいたとしても、そこにもやっぱり憂鬱は生まれてくるだろうと思うんです。なので、アウトサイダーよりも普通の人を書こうと思ったんです。今、自分が書きたいのは、「○○が欠けているからすごく憂鬱」ではなく、「何もないのに普通に憂鬱」というところ。原因なき結果です。
──過去には密室的な小説もありましたが、この小説集からは東京の街のノイズが感じられます。
金原 今回の主人公はいつも街へ出て行きますね。私自身、これまでは出版社の会議室で書く事が多かったんですが、この本はカフェや喫茶店など、ほとんど外で書きました。そうすると隣のサラリーマンたちの会話が聞こえてきたり、前のテーブルの大学生たちの恋愛話が聞こえてきたり、意外な事が耳に入ってきますし、いきなり変な人に声を掛けられたり、テラスでゴキブリが這(は)ってるのを見つけて叫んで逃げたり、そういう予期しない事がよく起きます。自分の中だけで書いているとご都合主義になりますが、現実の思うようにいかない様を描くには外の方が適していたんだと思います。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。