2009.01.20 書評

もう一人の幕末下級武士

文: 安藤 優一郎

『幕末下級武士のリストラ戦記』(安藤優一郎 著)

   新年早々、鬼も笑うが、来年の大河ドラマの主役は坂本龍馬である。一年間にわたって、幕末の時代が描かれる。メディアでも日々、明治維新の立役者西郷隆盛と共に、その名前が喧伝されることだろう。

   坂本龍馬は土佐藩郷士の出身である。郷士とは農村に住む武士のことであり、下級武士に属する。西郷にしても薩摩藩の下級武士であるから、二人とも幕末下級武士だ。倒幕そして明治維新は、彼ら幕末下級武士たちによって成し遂げられた。その象徴が龍馬と西郷であることは言を俟(ま)たない。

   幕末下級武士のなかでも、龍馬と西郷は時代・歴史小説の主役となり、繰り返し映像化されたことで、その名前は誰でも知っていると言っても良い。今後も小説などで取り上げられ続け、ずっと人口に膾炙(かいしゃ)していくに違いない。

   彼らは、いわば明治維新の光を一身に浴びた勝ち組の武士である。一方、敗者となって歴史の表舞台から退場していった武士と言えば、幕臣(徳川家家臣)ということになる。同時期の幕臣で、歴史に名前を残し、知名度があるのは勝海舟や新撰組の近藤勇・土方歳三ぐらいだ。

   勝は元々、御家人の出身であり、下級武士。近藤や土方も多摩郡の豪農の出身で、後に武士となるが、同じく下級武士にランクされるだろう。勝は西郷との江戸城無血開城交渉、近藤たちは悲劇的な最期を遂げたことで、歴史に名前を残した。そして、時代小説の主役となり、テレビや映画にも登場したことで、現在も人気がある人物だ。

   しかし、幕末下級武士とは彼らだけではない。幕臣だけでみても、下級幕臣団に属する御家人の数は二万六千人を越える。彼らにも、それぞれの人生があった。それぞれの立場で、明治維新という時代の変革を受け止めた。だが、彼らが注目されることはない。まして、テレビや映画の主役になることなどない。

   彼らに関する記録類がないわけではない。今まで全くと言って良いほど注目されていないが、幕臣で自伝や自分史を編纂した者も大勢いた。その一人が、本書の主役・山本政恒(まさひろ)である。

   山本は、将軍の影武者役を務めた御徒(おかち)という御家人。桜田門外の変、鳥羽伏見の戦い、彰義隊の戦いなど、幕末の大事件の現場に立ち会った、紛れもなく幕末下級武士の一人である。そして、明治維新を二八歳で迎える。

幕末下級武士のリストラ戦記
安藤 優一郎・著

定価:767円(税込)

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