明治維新後は、敵とも言うべき明治政府の官吏となる。生きるためには止むを得ない選択だったが、幕臣としてのプライドを、生涯持ち続けた。そのプライドが、『政恒一代記』というタイトルの自分史編纂の動機となる。この自分史を通じて、敗者側に立たされた幕末下級武士の試行錯誤を浮かび上がらせたのが本書である。
去年秋以来の金融危機により、昨今、再びリストラという言葉が頻繁に飛び交っている。本書のタイトルは『幕末下級武士のリストラ戦記』。だが、決してネガティブな内容ではない。
明治維新後、政恒はようやく掴(つか)んだ官吏の職を失う。三四歳の時だ。妻子を抱えて、一年ほど内職をしながら就職活動を続ける。そして、何とか官吏に再就職したものの、五〇歳の時に、またリストラに遭う。
このように政恒は何度となく、どん底を味わい、生死の境もさまよう。本書では、そんな一人の武士が、どうやって幕末維新という激動の時代を生き抜いたのかを主題に据え、波乱に満ちた、彼のありのままの姿を描き出している。
彼は非凡な男だった。虚偽を一字も交えず、自分史を完成させるという極めてポジティブな姿勢をとり、最晩年を迎える。そのエネルギー、バイタリティたるや、驚くばかりである。こんな日本人も、僅か百年足らず前には確かにいたのだ。
政恒の存在は、現代の我々にも元気を与えてくれるはずだ。歴史教科書には決して書かれることのない、知られざる幕末維新の事実の数々にも出会えることだろう。
歴史の敗者に転落したことで、明治維新後、幕臣側の記録類は意図的に無視された観は否めない。政恒の自分史を読み進めていくと、そんな時流への抗議の意思が自然と感じられるのである。
それだけではない。政恒が描いたスケッチも味わいがあり、実に興味深い。幕末の風俗を伝える貴重な資料としても高く評価されている逸品だ。可能な限り、本書に収録している。
そして最後に、山本政恒の孫、曾孫の方へインタビューを試み、ご子孫の「その後」を紹介している。
幕末を題材とする時代・歴史小説ではなかなか描かれることのない、一人の幕末下級武士の苦闘、力闘を存分に味わっていただきたい。
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