- 2009.10.20
- 書評
ハルバースタム、最後にして最高の作品
文:山田 侑平 (『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争』訳者)
『ザ・コールデスト・ウインター 上』 (デイヴィッド・ハルバースタム 著/山田耕介 訳/山田侑平 訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
本書にはさまざまな人物が出てくる。トルーマン、マッカーサー、アチソン、リッジウェイ、スターリン、毛沢東、彭徳懐、金日成、李承晩――歴史の舞台で動くかれらの姿が目の前に浮かんでくる。なかでもマッカーサーは、全体を通じて誤算の張本人、兵士に苦しい戦いを強いた乱心の将軍として描かれている。ハルバースタムによると、マッカーサーは「年老いて、頑固で、敵を人種的に軽蔑しており、ワシントンの『チャイナ・ロビー』および敗北したばかりの蒋介石の国民党政権と提携していた。その戦略諜報は夢想家のまとめたものだった。主人であるはずの政治家に対する軽蔑は、合衆国最高指揮官たるトルーマン大統領に敬礼を拒むところまで達していた」(英『エコノミスト』二〇〇七年十月六日号)。そのかれは朝鮮戦争を指揮しながら朝鮮の地で一夜たりとも過ごしたことがなかった。中国軍の動きに関するものだけでなく、自分に不都合な情報は一切受けつけようとしなかった。アジア人を軽蔑しながら、アジア人の心をいちばん理解していると自負していた。そのようなマッカーサーには、それにふさわしい部下がいた。情報担当のチャールズ・ウィロビーや第十軍団司令官のネド・アーモンドなど、かれの取り巻きも、その人を目の前にみるかのごとくに活写されている。
しかし、本書を本当に価値あるものにしているのは、こうした指導者の政策や命令によって厳寒の朝鮮で戦うことになった末端の兵士たちひとりひとりの物語を丁寧に描いている点だ。ハルバースタムは朝鮮戦争の元兵士たちとのインタビューを重ね、司令部のデスクからではなく、塹壕(ざんごう)で戦い、待ち伏せ攻撃に遭いながら死を免れた兵士たちの視線から、多くの重要な戦闘を進行形で再現した。戦争とは姿のみえない相手とミサイルを撃ち合うことだと錯覚されがちであるが、本書のこうした記述は、戦争が抽象的な概念ではなく、本質的に人間と人間との殺し合いであることを再認識させてくれる。ハルバースタムはこの本のあと書きで「平凡な一般人の崇高さに敬意を払うことを大事にしてきた」という。ハイペリオン社のウィル・シュウォルビ編集長のいうように、ハルバースタムの本領の一つは「自分たちにはどうにもできない力によって恐ろしい状況に置かれ、信じられないようなことをするよう要求された普通の人々の生き方を観察する」ことだった。
『USAトゥデー』紙(二〇〇七年九月二十日)は、本書を「読む価値があるのは、それが現在を理解させてくれる歴史だからである」という。E・H・カーは「過去の光に照らして現在について学ぶことは、現在の光に照らして過去について学ぶことでもある。歴史の役割は両者の相互関係を通じて過去と現在の両方に対するより深い理解を促すことである」(『歴史とは何か』)といっている。本書はまさにそのような意味における歴史だといえよう。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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