- 2009.10.20
- 書評
ハルバースタム、最後にして最高の作品
文:山田 侑平 (『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争』訳者)
『ザ・コールデスト・ウインター 上』 (デイヴィッド・ハルバースタム 著/山田耕介 訳/山田侑平 訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
本書の出版と同時にニール・シーハン(ヴェトナムのソンミ村虐殺事件報道でピュリッツァー賞を受賞した元UPIサイゴン支局長)をはじめとする友人のジャーナリストたちが二十日間にわたって全米主要都市でハルバースタムの追悼をかねて本書の宣伝活動を行なった。それに参加したボブ・ウッドワード(ウォーターゲイト事件をスクープ)は「諜報の欠陥、無計画、戦闘員と司令本部との間の戦争に対する認識の乖離」など、イラク戦争の教訓との類似点を指摘しながら、本書のすばらしさを強調していた。
歴史は朝鮮戦争にどのような判定を下すだろうか。ハルバースタムは「共産主義者が朝鮮のようなことを二度と試みなかった事実はアメリカがそこでやったことの正しさを立証している」と述べた元兵士のことばを引用する。共産主義の封じ込めが目的だったとすれば、アメリカは最終的には勝ったことになる。しかし朝鮮半島は、豊かな韓国と、自らの人民と世界を温かい目でみているとは思えない北朝鮮との二つの国に分かれたままであり、平和条約によって戦争が正式に終結したわけではない。
本書を読んであらためて気づかされるのはアジアの地勢学的な状況だけが、今日も、この本に書かれた状況のまま続いている点である。
マッカーサーが台湾の国民党軍を使って中国を挟撃する気でいることを知って、トルーマン政府が肝を冷やしたのも、ヨーロッパというもうひとつの前線をかかえていたからだった。アジアへの介入はつねに、ヨーロッパにおけるソ連の動向をみきわめながらなされていた。しかし、ヨーロッパにおけるその冷戦構造はもはやない。
朝鮮半島を中心とするアジアの緊張関係の構図のみが、今日なおも続き、さまざまな問題をひきおこしている。北朝鮮が核をもったいま、そのミサイルの射程に入る日本にとっては、本書に示されるその原点が深くかかわってくるだろう。「歴史の役割は両者の相互関係を通じて過去と現在の両方に対するより深い理解を促すことである」というカーの言葉をいま一度引けば、現在のアジアを理解する上で本書以上のテキストはないかもしれない。
ハルバースタムは二〇〇七年四月二十三日、サンフランシスコ南方四十キロのメンローパークで自動車事故に遭って亡くなった。現地の警察当局によると、かれを助手席に乗せたトヨタ・カムリが午前十時三十五分ごろベイフロント・エクスプレスウェイを出て左折しようとしたところ、最新型のインフィニティに横側から衝突された。救急隊が現場に到着したときには、エンジン部分が燃え、車体の助手側がつぶれており、ハルバースタムは動けない状態で反応がなかった。車から救い出されたハルバースタムはすでに脈がなく、呼吸もしていなかったという。
ハルバースタムはその前々日の土曜の夜、カリフォルニア大学バークリー校のジャーナリズム・スクールで「社会におけるジャーナリズムの役割」について講演し、近くのレストランで夜遅くまでイラク戦争とヴェトナム戦争の類似点などを語っていた。ハルバースタムはジャーナリズム・スクールの学生に、車の中でのジャーナリズム講義と引き換えに運転手役を引き受けてくれないか、と声をかけ、カリフォルニア大学バークリー校大学院のケヴィン・ジョーンがこれを買って出たという。
ハルバースタムはフットボール史上最高の試合といわれる一九五八年のニューヨーク・ジャイアンツ対ボルティモア・コルツ戦に関する次の著作の準備をしており、この日はその取材のためサンフランシスコ・フォーティナイナーズ(49ers)のクウォーターバックだったY・A・ティトルに会いにマウンテンヴューへ行く途中だった。
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