インタビューほか

騙(だま)し合いの果て、金塊はどこに

「本の話」編集部

『煙霞』 (黒川博行 著)

ゴマスリ、諂(へつら)いで出世する人々

 

──私学のお金の動きが具体的にいろいろ出てきます。

黒川  修学旅行のペイバックとかはどこでもあることです。あと、接待。公立高校でも校長や教頭には地元の接待があったりしますね。そして教育委員会に対しては、今度は彼らが接待する。教育委員会で人事を担当する部署ですわ。そこにいる連中は停年後、私学に天下りしてますね。

──タイミングがいいと言っていいのでしょうか。大分では教員採用に絡む不正、大阪でも橋下府知事が教育委員会を「府民から信頼されていない」と叱責していますね。

黒川  府知事が「くそ教育委員会」といってますが、あの言い方は、ある意味で合うてますわ。教育委員会に入ってるのは、教師としてウン?という人が多い。

──知識がないのですが、教師が教育委員会に配属される仕組みなのですか。

黒川  大阪の場合、府からくる人もおるけれど、ほとんどは教師から上がってる連中ですね。で、教師から教育委員会に上がってる連中は要するにゴマスリなんです。教育委員会に入るにはコネで引っ張ってもらうとか、指導主事になるとか、いろいろあるんですが、そのための試験はない。試験がないということはいかにゴマをすって、諂って上に上がっていくかということなんです。

   教師のときの経験ですが、こいつは教師としてどうか、人間としてどうか、という連中が上がっていきます。現場で生徒と接してるひとのほうが教師としては力量が上ですね。

    教師は大体四十歳くらいで自分の進路を決めるんです。現場で生徒たちと触れ合っていたいというひとと、最終的に校長になりたいというひとです。現場か出世か。出世を選ぶとそこからはひたすら諂うんですよ。そのときの校長、教頭の言うとおりに、何でもはいはいはいと。会議でもはいはい、何でもおおせの通りです、鞄持ちましょか、と。

    見ていて情けない。こいつはどういうやつなんやと思いますね。平気で鞄を持たせるほうもまたおかしい。

煙霞
黒川 博行・著

定価:1750円(税込)

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