インタビューほか

公開対談
北方謙三×川上弘美
作家として書き続けること

第150回記念芥川賞&直木賞FESTIVAL(オール讀物 2014年5月号より)

北方「デビューしてから単行本が出るまで十年かかった」 川上「新人賞を獲っても担当者がつかなかった」 第一線で活躍する作家が明かす、小説家で居続けるための極意。

担当編集者がつかない

川上弘美かわかみひろみ 1958年東京都生まれ。94年、短篇小説「神様」でパスカル短篇文学新人賞を受賞しデビュー。2007年より芥川賞選考委員

川上 北方さんのお話を伺って、ボツにしてもらえることが羨ましいって思いました。私の場合、まず読んでもらうまでが長かったんです。

北方 え、そうなの?

川上 学生時代は、応募しようとしたら賞自体がなくなったり、その後は持ち込みをした「NW-SF」もなくなり……。すごく面白い雑誌だったんですけどね。サンリオSF文庫のラインナップを決めていた山野浩一さんが作っていました。不思議な雑誌で、嵐山光三郎さんや川本三郎さんのSF小説が載ったり、寺山修司さんも寄稿していました。

北方 へえ、寺山修司も書いてたんですか?

川上 山野さんが競馬評論家で、寺山さんが競馬仲間だったんですよ。

北方 そのあとはどうしましたか?

川上 生物の教師になりました。

北方 俺、いまとんでもないことを思ったよ。川上さんが先生なら習いたかったなって(笑)。

川上 私の生物の授業はいいですよ。でもクラスの子と接するのが苦手で、ダメな教師だったんです。大変な大酒飲みで、二日酔いでしょっちゅう休んでましたし、酒臭いのがばれたらいけないので、生徒に近づかないようにするのが大変でした。

北方 面白い先生だなあ。やっぱり川上先生の授業を受けたい(笑)。その頃も小説を書いてたの?

川上 はい。でもなかなかうまくいきませんでした。SFを書く若い人間が、どうやって世に出ればいいのかわからない状況だったんです。だから自分で新聞を作ってみたり、書いたものを友だちに送ったり試行錯誤の連続でした。

 それで筒井康隆さんに読んでもらいたくて、第一回パスカル短篇文学新人賞に応募したら幸いにも受賞したんです。ちょうどそのころ多和田葉子さんとか村田喜代子さんとか、SFめいたものが芥川賞を受賞するようになっていた。私の小説は、一生人の目に触れないんだと諦めてましたが、受け入れられる可能性があるかも、とそのとき初めて思えました。

北方 デビューした後は、すぐに芥川賞を獲ってるし順調じゃないですか。

川上 いえいえ、違うんですよ。やっと世に出たと思ったら、今度は書いたものを読んでくれる人がいない。パソコン通信の賞だったので、出版社の新人賞みたいに、担当者がつかないんですよ。「中央公論」関係の賞でもあったので、文芸担当じゃない編集者の方にどんどん持っていき、その方に「中央公論文芸特集」の編集長に取り次いでいただきました。でもほとんど編集長一人で作っている雑誌だったから、ぽっと出の新人まではなかなか手が回らなくて、読んでもらうまでにはずいぶん時間がかかりました。

北方 しみじみと話を聞いていて、川上さんも苦労されたんだな、と思いましたよ。

川上 いえ北方さんに比べれば、苦労とも言えないですけど。

 十年純文学を書かれて、エンターテインメント作家として第二のデビューをされました。その後のお話を聞かせてください。

北方 まさに奇跡の復活です。最初の本は六百枚くらいの書き下ろしで、三十四歳になってました。次の年にまた二冊出した。これが割と評判が良くて、注文がバンバン入るようになった。それまでは原稿がボツになっていたのに、書いてくださいって向こうが頭を下げてくる。おまけにお金までくれるって言うんだから、嫌と言えるわけがない(笑)。がむしゃらに書いてハッと気づいたら一年間で十二冊本が出ていた。それで「月刊北方」というあだ名が付きました。そういえば赤川次郎さんは「週刊赤川」って書かれてたな(笑)。

 人間追い詰められると、自分でも信じられないような力が出るでしょう。それを常時出し続ける方法を身につけると、毎月一冊書けてしまうんですよ。

川上 そんなにお書きになっていたんですか!? 私は「年刊川上」くらいのペースです。北方さんは手書きですよね?

北方 私はずっと万年筆を使ってます。一回パソコンを使おうとしたことがあるんですよ。ちゃんと練習して結構速く打てるようになった。ずいぶん書いたと思ってパッと画面を見たら全部ローマ字(笑)。それ以来パソコンは使っていません。

川上 私はワープロを使ってます。パソコンのワープロソフトだと、なぜか上手く書けなくて。もはや自分の体に合った筆記具みたいなものですね。

北方 私は中国の歴史小説を書いているでしょう。そうすると名前の漢字が難しい。あるときふと思いついて、よく出てくる面倒臭い名前に「一番」って番号をつけたの。すると全然筆が進まないんだ。

川上 やっぱり一画一画書かなくちゃだめですか。

北方 そうなんだよ。ものを書くって不思議だよね。

川上 今回お会いするので、北方さんの中国歴史物を初めて読みましたが、すっかりハマってしまいました。アマゾンで一気買いしたら、家中北方さんの本だらけで大変なことになってます(笑)。どんな生活をしたら、あんなにたくさん書けるんですか。

北方 私の一日を紹介すると、だいたい朝の九時に起きて、ちょっと体を動かす。一時くらいから本を読んで、そろそろ書くぞと体内時計が言い始めたらスタートです。そこから食事の時間を挟んで、ずっと書いて三、四時くらいまでかな。

川上 夜中までってことですか。

北方 そうですね。

川上 それじゃ一日十二時間くらい。

北方 川上さんの一日はどんな感じ?

川上 朝起きて家事をして、仕事して、夕飯の支度をして食べて、酒飲んで寝てます。

北方 すごいね。家事の間に仕事をしてるのか。今日家を出るときに、家内に言われました。「川上さんは偉いわよ。小説も書いて家事もやって。あなたはでかい顔して煙草吸ってるだけじゃない」って(笑)。

川上 いえ手抜きの家事ですから。北方さんの集中力には驚きます。その生活で、一日どれくらいの枚数をお書きになりますか。

北方 俺ね、枚数は数えないの。私の万年筆はモンブランのマイスターシュテュック149というやつなんだけど、書き始める前に目一杯インクを入れて、空っぽになるまで書くと二十九枚。もう少し入れて書くと四十枚くらいかなという感じです。

川上 どうしましょ。とてもじゃないけど、そんなに書けません。私なんか一枚書いたらぼーっとパソコンで七並べとかしてますよ。

北方 純文学の編集者はもっと川上さんにせっついた方がいいよ。作家なんて自発的に書くわけないんだから(笑)。でもそれで食っていけるということは、本が売れているからでしょう。

川上 そんなに売れてないです。

北方 世間の人って、小説家がお金が儲かる仕事だと思っていませんか。

川上 それは感じますけど、大間違いですよね。

北方 そうなんだよ。私なんかこれだけ顔が売れてる。今日だって「北方謙三だっ!」なんて指差されたりね。それでもたかが知れてます。

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オール讀物 5月号

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