2010.03.20 インタビューほか

父は本など読まぬひとだった

「本の話」編集部

『沼地の記憶』 (トマス・H・クック 著/村松潔 訳)

 わが国で高い人気を誇る作家トマス・H・クックの新作長篇『沼地の記憶』が刊行される。新作はクックの記念碑的作品とされる一九九〇年代の《記憶シリーズ》(『死の記憶』『夏草の記憶』『緋色の記憶』『夜の記憶』)を思わせる力作であり、言わばクックが原点回帰して放った傑作と言える。
   ミステリに分類される作品を書きつつも、繊細な筆致とほの暗い詩情で文学ファンにも愛好されるクックだが、これまで日本の読者にはその肉声に触れる機会はほとんどなかった。今回、新作刊行を機にインタビューを行なった。

闇と光への旅

──『沼地の記憶』では父と息子の関係が重要な要素になっています。これは『死の記憶』などにも見られると思うのですが、特にこだわりのあるテーマなのでしょうか。

C  たぶん、わたしが「父であること」という問題に関心を持っているせいでしょうね。昔からずっと、自分にとって理想の父親とはどんなだろうかと考えたり、自分にもそんな存在がいればいいのにと思ったりしていましたから。

  わたしの父は本など読んだこともなく、教育というものに何の価値もおいていないようなひとでした。旅行をしたこともなく、そもそも旅行というものを嫌っていました。

  倫理観の発達の軸をなすのは、「父親」という存在がそのひとの人生において占める位置だろうと、わたしは以前から考えています。だから倫理を問う作品を書こうとすると、父親というものが非常に大きな役割をもつのでしょう。

──倫理をめぐる作品だから、西欧ほど厳格な宗教を持たない私たちは、あなたの作品に宗教的な気配のようなものを感じ取ってしまうのでしょうね。

C  そういうことでしょう。宗教というものは本来、倫理について思索するものだと思います。

──一方で「血」、血縁というのも、あなたの作品を象徴するものであるように思えますが。

C  「受け継いだ血」や「血の絆」というのが、わたしの作品に一貫したテーマです。思うに、人間であるかぎり、己が「受け継いだ血」から逃れることはできず、われわれは宿命のようにして恐るべき過ちを犯しかねない。そしてそれは、世代から世代へと流れくだってゆく――というような思いもあります。そう、われわれの血に含まれた毒のように流れ、継がれるものとして。

──あなたの作品には「blood 血」という言葉を題名にもつものがいくつかありますね。

C  デビュー作にも「blood」という言葉が含まれていますよね。でもこれは出版社がつけたもので、昔から大嫌いなんです。タイトルが思いつかないわたしにも非はありますが、題名に関するかぎり、「血」という言葉に思い入れはありません。

──昨年の秋にはじめてお会いしたとき、じつは少し驚いたんです。文学者肌でシリアスな主題をずっと追究していらっしゃるクックさんが、とてもフレンドリーで冗談ばかりおっしゃるかただったので(笑)。

C  わたし本人より先に小説のほうを知っていたひとの多くが、わたしのことをすごく陰鬱(いんうつ)で暗い人間だと思うようですね(笑)。ぜんぜんそんなことはないんですが。

沼地の記憶
トマス・H・クック・著 , 村松 潔・訳

定価:860円(税込) 発売日:2010年04月09日

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