インタビューほか

父は本など読まぬひとだった

「本の話」編集部

『沼地の記憶』 (トマス・H・クック 著/村松潔 訳)

 わが国で高い人気を誇る作家トマス・H・クックの新作長篇『沼地の記憶』が刊行される。新作はクックの記念碑的作品とされる一九九〇年代の《記憶シリーズ》(『死の記憶』『夏草の記憶』『緋色の記憶』『夜の記憶』)を思わせる力作であり、言わばクックが原点回帰して放った傑作と言える。
   ミステリに分類される作品を書きつつも、繊細な筆致とほの暗い詩情で文学ファンにも愛好されるクックだが、これまで日本の読者にはその肉声に触れる機会はほとんどなかった。今回、新作刊行を機にインタビューを行なった。

──そんなかたがああいった作品を書くのを見ると、『沼地の記憶』の第一行目、「わたしは不幸にも恵まれた星の下で育ったので、暗闇を見ることも、暗闇のなかに隠れているものを見ることもできなかった」を連想します。この主人公はあなたでしょうか。

C   『沼地の記憶』の主人公と同様、わたしはとても恵まれた人生を送ってきました。とはいえ、『沼地の記憶』の主人公を通じて自分のことを書こうという意図はまったくありませんでした。わたし自身の人生について書いても、つまらない本にしかならないと思いますよ。

  自分の体験について書こうとは思いません。もっと一般的に「人間というもの」が体験することがらや、もっと劇的な生を送る人間について、わたしは書きます。わたしが抱えている闇よりも、もっと濃い闇を。

──暗い物語など読みたくない、というひとも世の中にはいます。

C  そんな読者がいることは承知しています。でもわたしはこんなふうに思っています――読む者の感情に訴える小説は、心を暗くするものではない。本を読んで暗い気持ちになることと、感情を揺さぶられることは違うものです。小説に心を揺すられるのは素晴らしい体験、読み手の魂(スピリット)を高め、読み手を自身の感情と結び合わせてくれる体験でしょう。暗い物語は光を届けるために書かれるのであって、闇をもたらすためではないんです。

  さっきお話しした世界の《暗い土地》への旅についての本を、わたしはこんな文章で書きはじめようと思っています――「わたしは謝意を表するため、これらの暗い土地に赴(おもむ)いた。こうした場所こそが、わたしたちの生に光をもたらしてくれたがゆえに」。わたしが暗い物語について抱いている考えを、この一文はうまく要約しています。

  沈鬱な物語は、いままで見たことのなかった類(たぐい)の光を読者にもたらし、その人生を照らしてくれるのだとわたしは信じています。そして、いかに暗い主題を扱っていても、それが最後に読者に与えるのは明るい何かなのだと。
  つまり、暗い物語はじつのところ読者の気を滅入らせるのではなく、力づけるものなのです。

沼地の記憶
トマス・H・クック・著 , 村松 潔・訳

定価:860円(税込) 発売日:2010年04月09日

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