2010.03.20 インタビューほか

父は本など読まぬひとだった

「本の話」編集部

『沼地の記憶』 (トマス・H・クック 著/村松潔 訳)

 わが国で高い人気を誇る作家トマス・H・クックの新作長篇『沼地の記憶』が刊行される。新作はクックの記念碑的作品とされる一九九〇年代の《記憶シリーズ》(『死の記憶』『夏草の記憶』『緋色の記憶』『夜の記憶』)を思わせる力作であり、言わばクックが原点回帰して放った傑作と言える。
   ミステリに分類される作品を書きつつも、繊細な筆致とほの暗い詩情で文学ファンにも愛好されるクックだが、これまで日本の読者にはその肉声に触れる機会はほとんどなかった。今回、新作刊行を機にインタビューを行なった。

──「ダーク・ツーリズム」について本をお書きになる予定があると聞きました。

C  こうした土地を訪れることで得られる教訓のようなものについて書こうと思っています。気の滅入るような暗い本にはならないと思いますよ。わたしとしてはむしろ、実用寄りの本にしたいんです。こうした土地を訪ねたいひとのためのガイドとしても使えるような。

 

ミステリの枠を越えて

──日本での最新作となる『沼地の記憶』は、九〇年代の《記憶シリーズ》を思わせるところがありますね。

C  意図したわけではありません。いつもわたしは、その瞬間その瞬間に自分のなかに湧いてきたものを、ただ書くだけなので。ただ、『沼地の記憶』が『死の記憶』を書くときに発見したスタイルの発展形なのは確かです。

『死の記憶』の前に、わたしはスタンダードなミステリを何冊か書いています。主人公が私立探偵だったり刑事だったりするタイプの小説です。しかし、そういう小説を書きつづけるうちに、物語の途中途中に手がかりを埋め込んでいかなくてはならないことにフラストレーションを感じはじめたんです。

──いわゆる「ミステリ」には向いていない、ということですか。

C  「解決」に向かって脇目もふらずに進んでいくような小説が好きではないということに気づいてしまったんです。「オチでびっくり」というような作品を新たに書こうという気になれなかったんです。読者の興味が「誰がやったのか」というところにしかなく、「誰の身に降りかかったのか」とか、「なぜなのか」ということが閑却(かんきゃく)されているような小説は嫌でした。

  だから『死の記憶』を書くときには、主人公が刑事でも探偵でもなく、すでに主人公は「誰がやったか」知っていて、主人公のありようが物語の進行とともに連続的に変化するような小説を書こうと決めました。

  そうなると、いちばん大事なのはストーリーテリングの技ということになります。細心の注意を払いながら、慎重に、問題となる「犯罪」の一面を明かしてゆく。次いで別の一面、さらにまた別の一面、と物語を進めていき、最後にモザイク模様がかたちを成して、そこで読者は不意に、実際に起こったことは何であり、それがなぜ起きたのかを悟ることになる……。

  物語はまっすぐ単線的には進まない。代わりに過去のフラッシュバックを多用する。フラッシュバックは扱いがむずかしい手法ですが、巧みに使えば非常な効果をあげるものです。

  そんなふうに、わたしは《記憶四部作》を通じて、自分を伝統的なミステリの書き方から解放したんです。

沼地の記憶
トマス・H・クック・著 , 村松 潔・訳

定価:860円(税込) 発売日:2010年04月09日

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