- 2015.07.17
- 書評
時代に沿って進化し続けたミステリ作家
半世紀以上にわたる執筆活動の結実
文:日下 三蔵 (ミステリ評論家)
『孤独な放火魔』 (夏樹静子 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
六九年、長女の誕生をきっかけに着想を得た長篇『天使が消えていく』を夏樹静子名義で第十五回江戸川乱歩賞に投じて最終候補となる。このときの受賞作は森村誠一『高層の死角』だったが、夏樹作品も評価が高かったため、翌年二月に講談社から単行本として刊行された。
七一年には第一作品集『見知らぬわが子』(3月/講談社)、七二年には第二長篇『蒸発―ある愛の終わり』(4月/光文社カッパ・ノベルス)を刊行するが、七三年には『蒸発』で早くも第二十六回の日本推理作家協会賞を受賞している。同時受賞は森村誠一『腐蝕の構造』で、乱歩賞を競い合ったライバルが、今度は肩を並べて受賞したのである。森村誠一は、しばしば夏樹静子のことを「同期生」「戦友」と呼んでいるが、それはこの因縁によるものだ。
さらに『喪失―ある殺意のゆくえ』(73年7月/カッパ・ノベルス)、『黒白の旅路』(75年4月/講談社)、『目撃―ある愛のはじまり』(75年4月/カッパ・ノベルス)などのトリッキーなサスペンスを発表するが、この時期の作品には「妻」や「母」といった女性の立場からヒロインが事件に巻き込まれていくものが多い。
女子高生売春を扱った『光る崖』(77年3月/カッパ・ノベルス)以降は、積極的に社会問題を作中に取り入れ、『遠い約束』(77年11月/文藝春秋)では生命保険業界、『遙かな坂』(79年4月/毎日新聞社)では受験戦争とスーパー業界、『遠ざかる影』(80年12月/講談社)では宝石会社、『家路の果て』(81年10月/講談社)では住宅問題と不動産業界と、様々なテーマに挑んだ。近作でも『モラルの罠』(03年2月/文藝春秋)ではセキュリティ問題、『見えない貌』(06年7月/光文社)では出会い系サイトが扱われている。
このことをもって夏樹ミステリを「社会派」と呼ぶ人もいるが、松本清張ブームに乗って大量に書かれたミステリ味の薄い濫造作品とは根本的に違う。
推理小説は本来、長篇にせよ短篇にせよ、何か新しい着想がなければ、書くべきではないと思う。トリックでも動機でも、ほかの何かについてでも、どこかに新鮮な意外さを感じさせるアイデアがなければ、推理小説の推理小説たる所以がないとさえ考えている。
(『夏樹静子自選傑作短篇集』76年12月/読売新聞社/「私の推理小説作法」より)
こうした持論を持つ作者であるから、題材の社会性に寄りかかっているのではなく、正統派の本格ミステリが時代に沿った題材を取り込んで進化している、と考えるべきであろう。
社会的問題とは関係なく、トリックとストーリーの面白さで読ませる作品群としては、交換殺人テーマにひねりを加えた『第三の女』(78年4月/集英社)、親交のあったエラリイ・クイーンの諒承を得て名作『Yの悲劇』に挑んだ『Wの悲劇』(82年2月/カッパ・ノベルス)、アガサ・クリスティの代表作を本歌取りした『そして誰かいなくなった』(88年10月/講談社)などがある。トリッキーなトラベルものを集めた二冊の作品集『77便に何が起きたか』(77年12月/カッパ・ノベルス)、『密室航路』(80年5月/カッパ・ノベルス)も、ミステリ・ファンなら見逃せない。
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