──夏樹静子さんが上梓(じょうし)された『てのひらのメモ』は裁判員制度をテーマに、司法関係者を徹底的に取材して書かれたリーガル・サスペンスです。読者としては、まるで自分が法廷にいるような気持ちで読むことができる本だと思います。 裁判員制度というと、和歌山の毒入りカレー事件のような「死刑か否か」を決める重大事件の裁判しかないような騒がれ方をしています。しかし、この作品で取り上げられた事件は思いもかけない日常の出来事です。そもそも、この小説を書かれるきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
夏樹 以前から司法のことは「検事 霞夕子」シリーズや「弁護士 朝吹里矢子」シリーズで書いてきました。また、二〇〇一年刊行の『量刑』ではベールに包まれていた裁判官の素顔を描きました。
司法にはずっと興味を持っていましたから、書く書かないは別として裁判員制度には注目していました。そんな折に、編集者から「是非、書いてください」と背中を押されたわけですが、それ以外にもこの制度に対するマスコミの報道のあり方への疑問が執筆する大きな動機になっています。新聞もテレビも何かというと、「あなたは死刑を決められるか?」と迫ってくるでしょ。しかし、裁判員裁判で死刑を求刑される事件は全体の二パーセントなんです。大部分の裁判はもっと軽い、身近な犯罪に対するものです。だからこそ、一般人の感覚が法廷で必要になっているのだと思います。今回の小説では、自分の生きている地平の先にある落とし穴のような事件をこの制度の中で書いてみたいと思いました。
私自身、この制度にはとくに反対でも賛成でもありません。私は法律の素人ですから。ただ、どうせ始まるのなら正確に理解するべきだと思うのです。
──小説は法廷の場面から始まります。主人公の福実は子供二人を育て上げた普通の主婦で、彼女は「補充裁判員」という立場で法廷に臨んでいます。彼女の前に現れた被告は、広告代理店でバリバリ働いていたシングルマザーの種本千晶。彼女には喘息(ぜんそく)で苦しむ保育園児がいましたが、大切な会議に出席するため子供を家に置いて出社し、死なせてしまいます。検察は千晶を「保護責任者遺棄致死罪」で起訴します。裁判の中で明らかにされていく新事実が小説の読みどころですので詳しく申しませんが、多くの働く女性にとっては身につまされる話ですし、ミステリーとしても驚きの連続でした。今回、初めて裁判員制度を題材に書かれて、ご苦労された点も多々おありだと思いますが、まず主人公の福実を補充裁判員という立場にしたのはなぜでしょうか。
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