本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
時代に沿って進化し続けたミステリ作家<br />半世紀以上にわたる執筆活動の結実

時代に沿って進化し続けたミステリ作家
半世紀以上にわたる執筆活動の結実

文:日下 三蔵 (ミステリ評論家)

『孤独な放火魔』 (夏樹静子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 夏樹静子の商業誌デビューは一九六二年であるから、今年(二〇一五年)で作家生活五十三年に及ぶことになる。初期に数年のインターバルはあるものの、これだけの長期間、高い質を保って推理小説を発表している作家は稀であり、感嘆するしかない。同時期に登場して現在も活躍している推理作家は、辻真先(五七年デビュー)、西村京太郎(六一年デビュー)の両氏くらいではないだろうか。

 五〇年代後半から六〇年代というのは、それまで探偵小説と呼ばれていた国産ミステリの呼称が推理小説に変わって、質的にも劇的な変化を遂げた時期である。そのきっかけは、五七年に刊行された仁木悦子の第三回江戸川乱歩賞受賞作『猫は知っていた』と五八年に刊行された松本清張の『点と線』が、相次いでベストセラーになったことであった。

 大藪春彦、佐野洋、結城昌治、笹沢左保、樹下太郎、都筑道夫、陳舜臣、戸川昌子、三好徹といった新世代の書き手が次々と登場し、推理小説は見る見るうちに広範な読者層を獲得していった。これらの作家の多くは海外作品の洗礼を受けていた。例えば結城昌治は国産ミステリをまったく読まずに作品を書き始めているし、都筑道夫は翻訳ミステリ雑誌の編集長であった。

 夏樹静子も、その一人である。高校生の頃から、ミステリマニアだった兄(後に五十嵐均として作家になる)の影響で海外の名作を大量に読んでいたという。慶應義塾大学文学部の三年生だった六〇年、兄の勧めで執筆した初めての推理小説『すれ違った死』を本名の五十嵐静子名義で第六回江戸川乱歩賞に投じて、黒川俊介(西村京太郎)『醜聞』などとともに最終候補に残っている。

 このときには受賞作なしという結果となったが、このノミネートがきっかけとなってNHKの推理クイズドラマ「私だけが知っている」にシナリオライターとして参加することになる。この番組は前半にオリジナルの推理ドラマが問題編として流され、後半で出演者が真相を推理する、という形式で人気を博したバラエティだが、当時の中堅、ベテランの推理作家が多くの脚本を提供していた。島田一男、鮎川哲也、土屋隆夫、戸板康二、笹沢左保、藤村正太、飛鳥高、佐野洋、山村正夫、日影丈吉といった面々である。

 光文社文庫から刊行された同番組のシナリオ傑作選『私だけが知っている 第二集』(93年12月)に付された放映リストによると、六〇年から翌年にかけて五十嵐静子名義で五本、六一年から六三年にかけて夏樹しのぶ名義で二十三本もの脚本を執筆している。無名のアマチュアとは思えない作品量である。

 六一年には、女性ミステリ作家の親睦グループ「霧の会」にも創設メンバーの一人として参加。会の名付け親にもなっている。この会には、仁木悦子、新章文子、南部樹未子、藤木靖子、宮野村子、曽野綾子、戸川昌子ら、ミステリ界の女性作家のほとんどが参加していた。もちろん大学を卒業したばかりだった夏樹静子は最年少会員である。

 六二年には、夏樹しのぶ名義でいくつかの作品を発表。「宝石」増刊号に斎藤栄「女だけの部屋」、天藤真「塔の家の三人の女」などと共に中篇「ガラスの鎖」が掲載された他、ジュニア向けの雑誌にも執筆している。六三年にも数本の作品があるが、この年に結婚して福岡に移住、以後、しばらく創作は途絶える。

【次ページ】

孤独な放火魔
夏樹静子・著

定価:本体670円+税 発売日:2015年07月10日

詳しい内容はこちら

プレゼント
  • 『グローバルサウスの逆襲』池上彰・佐藤優 著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/4/19~2024/4/26
    賞品 新書『グローバルサウスの逆襲』池上彰・佐藤優 著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る