中島京子さんの最新作は、江戸時代八戸と後に南部遠野を治めた女大名・清心尼を描く歴史小説だ。このテーマに出会ったのは5年前に読んだ1冊のパンフレットがきっかけ。その中の一文に「江戸時代の女大名」があった。それを目にしたときは、「誰かが書いたら面白いんじゃない?」と思っただけだった。取材がてら遠野を訪れてみたものの、自分が彼女の物語を書くイメージは湧かない。ところが東日本大震災を機に、執筆へ向けて中島さんは大きく舵を切ることになる。
「清心尼が、八戸で慶長の大津波を経験したことを史料で知ったんです。私も直接津波を経験したわけではありませんが、初めて彼女の生きていた時代と現代とが繋がった。2011年の11月に遠野を再訪すると、被災地へ向かうボランティアや自衛隊員たちのベースキャンプになっていて、以前とはまったく様子が違いました。そのときに、400年前に同じ苦難を乗り越え、この遠野の基礎を作った女大名について、多くの人に知ってもらう意義があるんじゃないかと思ったんです。さらに何よりも清心尼自身がとても面白い人で、史料を読むうちにどんどんと興味を持つようになりました」
小説の語り手は、なんと羚羊(かもしか)の一本角。一風変わった作りになっているが、それは作者の不安と試行錯誤の中から生まれた。
中島さんは、これまでに歴史小説を書いたことはない。どのように書こうか? しかも時代は戦国から江戸へと移り変わろうとする激動期。秀吉、家康、東北では伊達政宗と、ビッグネームが名前を連ねて天下の覇権争いをしていた。一方、中島さんが取り組んでいたのは、小藩で見知らぬ名前の武士が繰り広げるお家騒動の史料。「この小説は本当に面白くなるのかしら」と不安を覚えたのも無理はない。
「史料を読んでいる最中に、思わず遠野の『河童伝説』などの読み物に逃避してしまうこともしばしば(笑)。そんなときに遠野の片角伝説に出会いました。頭の中で一本角の羚羊がとことこ走り始めて、一気に物語が広がりました。この物語の中では、一本角が語る以外にも河童が出てきたり、ぺりかんが喋ったりと、いろいろ不思議なことが起こりますが、なぜかしっくりと来ました。おそらくは、『遠野物語』や宮澤賢治の童話が生まれたように、東北がセンス・オブ・ワンダーが息づく土地だからではないかなと。それらに負けない清心尼の強い個性と、彼女の魅力がこの物語を支えてくれました。最初は不安が大きかったですが、書いてよかったと思える小説ですね」
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『かたづの!』 (中島京子 著) 集英社
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