書評

だめんず純愛ノンフィクション

文: 倉田 真由美 (漫画家)

『長春発ビエンチャン行 青春各駅停車』 (城戸久枝 著)

 追われる側が追う側に変わる瞬間は、意外とはっきりしている。そうなると、もういけない。一度追われた経験が、追うパワーを増大させてしまうのだ。そして残念ながら、そうなった恋愛がうまくいく確率はとてつもなく低い。

 ドゥンは、サエにとっては特別な男だろうが、実に分かりやすい典型的な普通の男である。むしろ、

「ラオスって遠い国の人なのに、日本人と全然変わらないなあ」

 と驚いたくらいだ。

 ドゥンは、優しくてユーモアがあって、家族想いで夢がある、ちょっとずるい男。どの女が好きになる男にも、彼に似た部分が必ずあるだろう。私が付き合った男たちの中にも、ドゥンの要素がどこかしらある。

 私も10代後半の頃、すごく好きになった人がいた。

 彼は、大学の先輩でサッカー部のキャプテン。女扱いに慣れた彼は最初、何かにつけ私を構った。術中にはまった私はいつの間にか、彼の姿を追い続けるようになる。サエとまったく同じパターンだ。

 大勢でいても彼がどこにいるか何をしているか、体中が目になり耳になったように神経を集中している。

「お前、バカだな」

 ぞんざいに言われるのが、親しさの現れのようでかえって嬉しかった。

 私の気持ちを知っているくせに、知らん顔してちょっかいをかけてきたり、そっぽを向いたりする。ドゥンと同じだ。好き勝手に振舞って、それでもついていく私やサエは、彼らの目にはよく懐いた子犬のように映っていたんじゃないだろうか。

 もしかして望みはないのかもしれない、彼の気持ちがこちらを向くことはないのかもしれない。第三者の視点に立てば、脈がないのは明らかなんだろう。私も『長春発』を読みながら、ドゥンの中に、サエに対する恋愛感情は最後まで嗅ぎ取れなかった。

 でも、恋の渦中にいる当事者だけは、冷静な判断ができない。それを分かっていて、男は無責任に額にキスをしたりするのだ(額、というところが彼らのエクスキューズになっているに違いない)。端から見たら男のずるさにイライラするだけだが、抱きしめられ額とはいえキスを受けた女は、また明日から彼を想うエネルギーを注ぎ足されるのだ。

 ぐずぐずと答えを出さず、かすかな希望を持たせたままサエとの関わりを続けるドゥンの気持ちの動きは、サエよりさらに分かりやすい。筆者である城戸さんの、正しくあったままを写しだそうとする姿勢が一貫しているからだろう。主観的になりがちな自分の恋愛を描く上で、相当困難な作業だったのではないかと思う。

 だからこそ、ドゥンがサエからお金を借りてしまったことは哀しかった。額の問題ではない。サエにとってもそうだが、ドゥンにとっても大事な何かを失う出来事だった。心から愛し合い信頼しあっている関係でなければ、男女間のお金の貸し借りは関係性を蝕むウイルスのようなものである。

 実はこの時点で、私は勝手にドゥンの将来を見限ってしまったのだが……現実はまったく、どう転ぶか分からない。ドゥン、サエ、そしてドゥンの家族の未来は、私の予想を裏切るものだった。

 サエはドゥンと離れて数年後、父親のルーツを探ったノンフィクション『あの戦争から遠く離れて』で大きな賞を獲り、一気に日本中の注目を浴びることになる。『長春発』は城戸さんがただの留学生サエだった頃の、誰もがどこかに共感を覚える壮大な「純愛」の記録である。

長春発ビエンチャン行 青春各駅停車
城戸久枝・著

定価:1890円(税込) 発売日:2011年11月12日

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