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五十歳の少年が見たニッポン

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「本の話」編集部

『ららら科學の子』 (矢作俊彦 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

――あの頃の学生と今の学生は、やはり違いますか。

矢作 それは全然違いますよ。例えば今の学生は学費の値上げなんかで絶対に怒らないでしょう。三十年前は学費が年に二万五千円上がるといったら、それは大変だった。それと、昔の学生の方が素朴ですね。世の中の仕組みというものをあまり知らなかったし、どこをどうすればお金が儲かるということもわかっていなかった。広告研究会が海の家をやってちょっと儲かったりすると、本当に嬉しくて喜んでいる。それくらいでしょう。

 でも今の学生だったら海の家をやるとしたら、まずスポンサーを探しに行く。企画書を書いて、プレゼンテーションして、いかにマーケティングに役立つか、なんて訴える。そんなこと、あの頃の学生は考えもしなかったですよ。

――携帯電話の普及というのも大きな変化だと思います。この小説の中でも、ハワイにいる三十年前の親友の志垣との連絡や行方知れずになっている妹の捜索など、携帯電話が非常に重要なツールとして登場しています。

矢作 確かに連絡手段というものを携帯は劇的に変えたと思います。昔は直接家に歩いていくしか連絡がとれない友達が結構いましたよね。電話持っていたって下手すると一カ月のうち二週間くらい止まっていたりして……。

 今回の小説の中で海外にいる志垣と携帯で話すという設定は、最初から決めていました。でも携帯の出現でメロドラマは成立しなくなりましたよね。すれ違いがあり得ない。

――ところで、今年は「鉄腕アトム」が誕生した年です。『ららら科學の子』というタイトルはどんな思いでつけたのでしょう。

矢作 タイトルは初めから決まっていました。「科學の子」という言葉を使おうと思っていていくつかアイディアを考えていたら、映画監督の川島透さんが「ららら」をつけた方が絶対にいいと言ったんですよ。ああ、なるほどと思ってその案を採用しました。

――『鉄腕アトム』って結構シニカルな物語ですよね。鉄腕アトムというのがいかに悲惨に死んでいったか、また五十年前に作られた時のいろいろな夢というのが、いかに今、破れ果てているか。それらが小説とうまくオーバーラップしているような気がします。

矢作 手塚治虫の漫画ってものすごくシニカルなんです。アトムは自我を持った機械として、人間との間でいつも引き裂かれているんですよね。百万馬力になって自分から壊れてみたり。それはずっと手塚治虫のテーマなんです。人類の未来なんて実はいちばん信じていないのかもしれない。

――主人公は最後の最後である決断をします。どんな意味が込められていたのでしょうか。

矢作 あれは、彼にあの台詞を言わせたかったんですよ。それだけのために伏線も張っています。

――最後に、今回の小説は矢作さんにとってはどのような位置づけといえるのでしょう。

矢作 すごく面白かった。書いていてつらいと思ったことは一度もなかったですね。ゲラと格闘するのも楽しかったし、正直なところ、なかなか手放したくなかったですよ。

文春文庫
ららら科學の子
矢作俊彦

定価:734円(税込)発売日:2006年10月06日

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