2003.09.20 インタビューほか

五十歳の少年が見たニッポン

「本の話」編集部

『ららら科學の子』 (矢作俊彦 著)

――『文學界』で「ららら科學の子」の連載が始まったのが九七年の春ですから、足掛け七年で誕生した待望の新作長編です。読者も待ちに待ったことでしょう。

矢作 『あ・じゃ・ぱん』を刊行したのが九七年の暮れだから、僕自身、六年ぶりの新作ということになりますね。

――そもそも、この小説の構想はどのくらい前からあたためていたのですか。

矢作 もうかれこれ十五年以上かな。八〇年代の後半に中国人の不法入国が騒ぎになったでしょう。その頃に、メモを作ったんですよ。最初の構想では、今回の小説では脇役の傑(ジエイ)が主役だったんです。それである種のおとぎ話をやりたかった。SFなんかでもよくあるように、火星に取り残されて、ひとりぼっちで何十年も暮らして帰ってきた男に振り回されるというような小説を書きたかったんですよ。

――今回の小説では、主人公は一九六八年の学生運動の最中に国外逃亡して、三十年間も中国の山奥の村で暮らします。まさにタイムカプセルに保存されたような状態で日本に戻ってくるわけですね。そして、渋谷をうろうろする。

矢作 さっきの話に戻ると、八〇年代の後半だとまだ六八年から二十年もたっていないんですよ。露骨に全共闘運動にかかわった男が主人公だという小説を書きたくなかったわけです。それに、やっぱりあの頃はまだ景色にしても風習にしても、それほど劇的に変わっていなかった。この十年ですよ、特に九〇年代後半の変わりようには驚かされます。九三年から連載していた『新ニッポン百景』で当初、僕が驚いていたり、怒っていたりしたものって、今や当たり前なんだから。

 セックスに関する意識も随分変わった。この間、十六歳の少女が三人の男と同時に付き合って、それが原因で殺人に発展した事件がありましたよね。ああいう十六歳が持っている平衡感覚というか、彼女なりのセックスに関するルールって、十年前の女の子には考えもつかないことだと思いますよ。

――しかし、主人公の「彼」は、この劇的な日本の変化にあまり驚いているようには見えませんね。

矢作 彼がもし三十代だったら、残りの人生を生きるのに世間的な何かを一つやり遂げなきゃいけないと考えるだろうし、変化の一つ一つにもっと驚いていたでしょう。でも彼は、もう五十歳なんですよ。渋谷でホームレスをやっても平気なんだ、きっと。彼は世間や時代と関係のないところで自分をもう一度試すことができる。

――それにしても六八年当時の渋谷や白金近辺を実に見事に再現していますね。

矢作 そうですね、ちょうどあの辺は僕の若い頃のテリトリーだったから。

――一方、主人公が二十代から三十年近く過ごした中国の莫賓という村に関してはいかがでしょう。

矢作 あれは想像上、というか架空の村です。骨灰盒(クウフイホ)なんて、僕の造語ですよ。ただ、一つだけ参考にしたものはあります。ある雑誌に、山からよだれかけのように延びてきた村を川がクエスチョンマークのように取り囲んで、上流下流の区別もなく同じ山の方へ消えている空撮写真があったんです。その一枚の写真だけが頼りだった。

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ららら科學の子
矢作俊彦・著

定価:本体667円+税 発売日:2006年10月06日

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