──第四章「ただ一度の」は榛名(はるな=わたし)の父親・後藤信彦を主人公にしています。病気に苦しむ妻を抱えた信彦が、一度だけ同僚の若い女性と肌をあわせます。四章はこの若い女性の視点で描かれてますね。
小池 最初は信彦の視点にしようと思いましたが、そうすると生々し過ぎると思ったんですね。それでこのような女性を登場させました。
──男性はとりわけ注目の章ですね。
小池 雑誌に掲載したときも、男性読者からファンレターを頂きました(笑)。次の「荘厳の日々」は芹沢家に後妻で入った女性・史恵(ふみえ)の視点で、私も気に入っている章です。この回も、タイトルが先に思い浮かびました。
──小池さんにとって、「荘厳」さとはどういうイメージですか。建築的? 音楽的?
小池 バロック音楽のイメージですね。シンプルだけど、旋律が幾何学的模様のようにつながっていく感じですね。オーケストラの流麗さではなくて、ひたすら内側内側に入っていくような静けさが、荘厳のイメージです。
──内側へ向かうというベクトルは、この章の主人公・史恵にぴったりだと思います。第六章「片割れの月」もタイトル優先ですか。
小池 違います。聡の妹・恵理を書かないと、この長編は完成しないと思っていたんです。最終章の「ウィーン残照」で、榛名の異父兄・聡を書こうとは思っていました。しかし、ここまでの聡のイメージは、健康的でバランスのとれた人物です。何の苦悩もなく、プラハに留学しているだけのボンボンでは、面白くないでしょ。第六章と第七章で、聡という人間に深く入ることができたと思っています。
──第二章以降を書いていくうちに、登場人物に新たな発見はありましたか。
小池 それが、不思議とないんです。最初に申し上げたように「プラハ逍遥」の中にすでに細部ができあがっていたんですね。その意味では、長編小説『存在の美しい哀しみ』は作者が意図しなかったところで生まれるべくして生まれた不思議な作品と言えます。
──家族という問題を含めて、小池さんが今書くべくして書いた小説だと思います。
小池 家族そのものを書くというよりも、家族という単位を離れて人々がどういう人生を辿って来たのかを書きたかった。どうしても、「家族」をテーマにすると、美談になりやすい。家族は美しいものであり、暖かいものである。それは明治以降の日本にとっては、人々の絶えざる希望としてあったと思います。でも、家族を構成している個々人にフォーカスをあわせると、それぞれが背負ってきた哀しみが見えてくる。しかし、それは美しい哀しみなんです。
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