航空自衛隊の曲技飛行チーム「ブルーインパルス」は、一九六〇年に静岡県の浜松基地で誕生した。浜松は私の故郷でもある。
ブルーインパルスとの最初の記憶は、今から四十八年前の六三年。翌年に開かれる東京オリンピックの開会式で上空に煙で五輪を描くため、市内の上空で練習を繰りかえすブルーインパルスの姿である。まだ幼いその頃、はるか頭上に聞こえる轟音に振り仰ぐと、そこには必ず五輪らしきものがあった。私だけでなく、その当時の浜松市民なら誰でも記憶があるはずだ。
だがそれは楕円だったり捻れたり、あるいは蚊取り線香のように円を結ばないものだった。少なくとも彼らは一度としてその練習で成功していなかった。しかし、やがてやってきた六四年十月十日の開会式で、彼らは見事それに成功してのけた。モノクロテレビの画面に映じる大空の五輪に、鳥肌がたったのをよく憶えている。
都心の上空に描かれたスモークの五輪。われわれ以上の世代がブルーインパルスと聞いて思いだすのは、やはりこの東京オリンピックの開会式ではないだろうか。
あの頃の日本社会はすべてのできごとにわかりやすい輪郭があり、良くも悪くも前へ突き進む推進力があった。日本人の記憶の片隅にある青空に浮かぶ五輪は、そうした時代とみごとにシンクロしている。
そのブルーインパルスという名称には広島の原爆と分かちがたい因縁があった。そして、そこに元海軍参謀・源田實という毀誉褒貶著しいカリスマが絡むことで、この曲技飛行チームに別の色合いをもたらしている。本書で証言している東京五輪のパイロットたちに旧軍出身者はいない。いずれも戦火を生きのびた、かつての少年たちである。源田と対比してみれば、開会式の五輪の煙は、日本の平和と繁栄を表象する大きな狼煙(のろし)だったことに気づかされる。
一九八一年に航空専門誌の記者となった私は、至近距離でブルーインパルスと係わるようになった。時には始動するジェットエンジンの真横で耳栓をしながら彼らの仕事ぶりを見つめ、後席に搭乗して曲技飛行を存分に体験したこともある。だが、その極めつけの記憶は、記者二年目の八二年十一月に遭遇した浜松基地航空祭での墜落事故である。
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