当時、私は事故の起きた「下向き空中開花」を基地内から撮影していた。編隊長の号令で六機のアクロバット機が各方向にブレイクするのだが、タイミングは明らかに遅かった。四番機が墜落してゆく模様は当時浜松基地につめかけていた七万人の大観衆が目撃し、その映像は当時テレビニュースで繰りかえし放送されたからご記憶の方も多いと思う。
地上で巻き添えの死者がいなかったのは、殉職した操縦士の高嶋潔氏が人家を避けて墜ちたからだ、という説がもっぱらだった。ブルーによる故郷での惨事が私の取材姿勢に影響したのか、その後、多くのパイロットと取材を通じて知り合っていく。私は戦闘機パイロットを防空システムの一部ととらえるのではなく、それぞれに意志を持つ人間の群像として見るようになった。自衛官の本音を聞き出すのは時間がかかる。だが私はそれこそが重要だと思っていた。
勤務していた出版社が八八年に倒産し、週刊誌の記者として大相撲や社会事件なども取材するようになったが、ブルーインパルスが私のルーツであることに変わりはなかった。そのモチベーションを支えたのは、飛行機を愛しているということだけではない。高嶋潔というパイロットが、一命をなげうってまで守ろうとした存念とはいったい何だったのか、どうにかしてそこに迫りたいという一念である。
私は関係者全員が定年退職するまでおよそ二十六年間、核心の取材を控えた。そして二〇〇八年から一気呵成に証言を集め、ようやく事故の全容と死者の心情に辿りつくことができたのではないかと思っている。
この事故とは別に曲技訓練中に二名の部下を死なせてしまった編隊長もいる。後悔と、組織に反発する気持ちとの間で身悶えしつつ、パイロットとして懸命に現役を貫こうとするドラマには胸を打たれた。
本書に登場する戦闘機パイロットたちは、究極の操縦を実現するため、時には機体が壊れるほどの飛行に挑む。
ブルーインパルスの向こうを張るのが、腕っこきのパイロットを集め、究極の戦技を探求する「飛行教導隊」だ。それが一九八六年から三年間に二機が空中分解事故を起こし、四名が殉職した。今回、当時一緒に編隊を組んでいたパイロットたちからその墜落事故の模様をつぶさに聴き取り、その原因に迫ろうと試みた。
結論だけ言うと、いずれの事故も原因は、超音速性能を満たすために心血をそそぐ航空機設計者と、空中戦で勝つために究極の技を編みだそうとするパイロットたち両者の異なる情熱の狭間にできた、思いもよらぬ落とし穴だったのだ。
戦闘機パイロットは、国防という名の下に超常的な空戦機動や曲技飛行という“狂気”に明け暮れる生業だ。だからなのか、そこには麻薬にも似た魅力があるのだと、鋭い目をして彼らは言う。
本書は戦闘機に憑かれた男たちを主人公に、様々な証言によって紡ぐ生と死の物語である。そしてまたブルーインパルスや飛行教導隊の来歴をひもとくことで、図らずも航空自衛隊のサーガともなった。
この大空駆けるサムライたちの稀有な物語に、どっぷり浸かっていただきたい。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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