――「風、檸檬、冬の終わり」は「夏光」とは打ってかわって現代の、それも人身売買を扱った作品ですね。
乾 当時、臓器移植のニュースなどが流れていたので、それが頭の中のどこかにあって思いついた話だと思うのですが、あまり情報がなかったので、かなり想像で書いてしまいました。もし、本当に人身売買をやっている人が読んだら、「なんだこれは?」と思うかもしれませんね。
――この作品で特筆すべきは、登場人物たちに非常にリアリティーがあることだと思います。ヤクザの使い走りにされる駄目な父親や、カンボジアから連れてこられる少女など、モデルがいるわけではありませんよね。
乾 もちろん、モデルはいません。想像力で書いているだけです。ですが、あの中に出てくる血の混じった目やにで目が潰れた猫を見たのは本当の話です。子供のころに見て覚えているものって、やっぱりちょっとグロいものが多いですね(苦笑)。
――「風、檸檬、冬の終わり」は第二部の三つめ、つまり全体の最後に収録されています。あとは収録順でいきますと、第一部の二作目は「夜鷹の朝」。これは乾さんの出身地で現在も住んでおられる北海道が舞台で、主人公は旧北海道帝国大学の学生です。
乾 この作品には、北海道大学で臨時職員をしていた経験が生かされているかと思います。短大を出て勤めた銀行をすぐに辞め、いろいろなアルバイトをしてきた中のひとつが北大なのですが、とにかく建物は古いし、使われている言葉も校舎のことを「庁舎」と言ったり、何々係のことを「掛」と書いたり、独特の雰囲気がありました。作中にもちょっと出てきますが、学内に黒百合会という名前の絵画団体があったのも印象的で、旧帝国大学の遺風が色濃く残されていたと思います。
――結核で学業を続けられなくなった学生が、療養のためある高級官吏の屋敷に居候し、そこでいないはずの少女と出会ってしまうわけですが、物語はもちろんのこと、屋敷を囲む夜鷹の森の北海道らしい自然の雄大さが伝わってきます。
乾 北大自体が自然の宝庫なんです。うっかり迷い込んだら遭難しかねないような場所もありますから。
――三作目の「百焔(もものほむら)」は醜い姉が美しい妹に嫉妬し、蝋燭を一日に一本ずつ、百日で百本誰もいないところで燃やし切れば、自分の厄を妹に押しつけることができるという「呪い」をかける物語ですね。
乾 この作品は、ほとんど私の体験です(笑)。私もずっと「お母さんとお姉さんはきれいなのに、あなたは……」といわれて育ってきたもので。作中で妹がお姉さんのことを作文に書いたという話がでてきますが、うちの姉も私のことを作文に書いたことがあるんです。作中の手紙とは違って「うちの妹はわがままで、なにかというとすぐ怒って――」みたいな悪口が延々と書き連ねてあって、たしか小学四年生くらいのときでしたが、子供心にもひどい話だと思いました。学校の先生に、「お姉さんとお母さんはきれいなのにねえ」としみじみ言われたのが中学校一年のとき。こういうことって忘れないものなんですよね。この作品に、これまでの心のわだかまりをぶつけてみました(笑)。
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