――次は第二部、現代篇の一作目は「は」です。
乾 これはちょっと昔に書いた作品です。それまで集英社のコバルトの賞や地方の文学賞にしか応募したことがなかったので、いよいよ東京の出版社の、大人向けの文学賞へ応募しようと思って書いたのがこの作品です。異常な食欲と鋭い歯を持つ金魚と、人間との壮絶な死闘を描いております(笑)。
――これは非常にドライブ感のある作品ですね。おしまいまで一気読みに読ませてしまう勢いを感じます。
乾 書く方も、とにかく楽しく書いたという記憶があります。面白がって書けたということでしょうか。それと、もう一つ気をつけていたのは、食べる話なのでお腹がすいている時に書くようにしました。
――食欲を感じながら書いたんですね。
乾 じつは、私はすごく食欲が薄いといいますか、食べるのが嫌いなんです。だから、逆にたくさん食べられる人とか、具合が悪くなっても「ごめん、ちょっとトイレ行って吐いてくるわ」って言って戻ってこられるような人がうらやましい。健啖家に憧れます。
――「夏光」のスナメリの目玉もそうですが、乾さんにとってはものを食べるということがホラーへの入口なのかもしれませんね。
乾 人生においては大きな損失だと思いますけど、そのお陰で作品が書けると思えば、それはそれで有り難いことかなと。
――次の「Out of This World」も「夜鷹の朝」と同じく北海道が舞台ですが、時代設定は現在で、田園地帯で暮らす三人の小学生のひと夏の物語です。
乾 やっぱり、北海道の人間には夏に憧れがあるんです。真夏の一ヶ月間だけ、暑いなあとか、早く涼しくならないかなと思いながら過ごして、あとの十一ヶ月は暑かった夏を懐かしく思い出しながら暮らす。そんな北海道の夏を描いてみたかったというのがひとつと、もう一つはこの作品の舞台は私の祖母の田舎がモデルなんです。上名寄(かみなよろ)というところで、子供のころは従兄弟と一緒によくここで夏休みを過ごしました。従兄弟たちは全員男の子だったので、山に入ったり、川で魚を獲ったり、川に流れてきたミンクを捕まえたり、そういうことをして夏休みを過ごした思い出を、ちょっと書いてみたかったんです。
――たしかに、北海道の田園の生活ぶりがとても活き活きと描かれていますね。それと、この物語ではマジックが重要な役割を果たします。もともと手品もお好きだったんですか。
乾 手品ができたらカッコいいなという気持ちはあります。手が小さいので駄目なんですけど、子供のころちょっとやってみたことがあって、いつも私を馬鹿にしていた姉に「あっ、すごい」と言わせたのが“アウト・オブ・ディス・ワールド”というマジックだったんです。
――思い出の手品が小説の中で蘇ったんですね。そういえば、この作品のラストも非常に飛躍のある、手品を見るような終わり方をしていますね。
乾 こんどは読者のみなさんに、「あっ、すごい」と言っていただけるといいのですが。
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