戦後まもない北九州の炭鉱で起きた、不可解な連続怪死事件。現場に現れた黒面の狐は、人なのか、人にあらざるものなのか? 炭鉱(ヤマ)で働く屈強な男たちの心を、次第に疑いと恐怖が蝕んでいく。 ホラーミステリーの名手による、重厚かつ壮大な書下ろし長篇!
――まず、このご本をお書きいただいた動機、炭鉱という題材を選ばれた理由をお聞かせ下さい。
三津田 のっけから他社の話で申し訳ないのですが、炭鉱はもともと、刀城言耶シリーズの題材として考えていました。あのシリーズは敗戦後の地方が舞台ですから、農村、山村、漁村、孤島と、何作も書いていると舞台が固定化してしまう。それでどこか変わった場所を……と考えて取り上げた題材に、『幽女の如き怨むもの』(2012年)の遊郭があったわけです。
その遊廓と前後して、目をつけたのが炭鉱です。それで資料をずっと集めていたんですが、いざ読み込みはじめると、これはシリーズものには向いていない題材だと気づきました。刀城言耶という探偵役は、完璧にマレビト、よそからやってきた異人です。そういう位置づけだからこそ、村という共同体の人々が見えていない事実に、彼だけは気づくことができる。だから事件を解決に導ける。そういう仕掛けがあるわけです。
ところが炭鉱は、そんな村よりもさらに閉鎖的なんです。完璧に閉ざされた社会なんですね。民俗学者の宮本常一さんも「炭鉱だけは、従来の民俗採訪の手法が通用しない」と言っている。なぜかというと、炭坑夫の数だけドラマがあるからです。時代や場所や人が少しでも変わると、語られるお話そのものが違ってくる。仮に同時代でも所が変われば、もう別の話になってしまう。それは炭鉱会社にも言えます。道具ひとつ、明かりひとつ、安全対策ひとつとっても、大企業と中小、また個人では全然違います。そこにはマレビトである刀城言耶が入り込む余地がない。これまでの農山村のように、決して簡単には溶け込めない世界がある。ある程度のリアリティをもって、炭鉱という閉ざされた社会を描くためには、むしろ刀城言耶は邪魔だと思いました。
それに本書では、主人公自身を炭坑夫にしたかった。そうして実際の苦労を味わわせたかった。そこで刀城言耶シリーズ作品にするのではなく、物理波矢多(もとろいはやた)という新たなキャラクターを創ることにしたわけです。
――主人公は満洲の大学に学んで帰国したインテリ。ユニークな設定ですね。
三津田 探偵役には知的な人物が相応しいですが、世間の人が炭坑夫に抱く印象は違います。実際には知的な炭坑夫も、もちろんいました。そういう中には、言葉は悪いけれど“身を落として”炭坑夫になった人もいたはずです。そこで新しい探偵役を考えるにあたり、とてつもない挫折を味わったエリート、という設定にしたわけです。そのため導入部分はかなり丁寧に書きました。
――本格ミステリとして苦労された点はありますか?
三津田 刀城言耶シリーズの場合、最初に核となるアイディアがあって、それに相応しい舞台を探していきます。しかし『幽女の如き怨むもの』と『黒面の狐』は、先に書きたい舞台設定と、取り上げたいテーマがありました。そのため時代と舞台に合ったミステリのアイディアを考えるのに、ちょっと苦労しました。もっとも僕は、もともと書きながらお話やトリックを考えるタイプなので、何とかなったのかもしれません。自分でも「この先どうなるんだろう?」と思いながら書いています。あらかじめプロットが決まっているお話を書くのは、非常に苦痛なんです(笑)。
――なるほど、それが三津田作品に、うねりやダイナミズムを生んでいる気がします。
三津田 前もってお話の展開をあまり考えていないからこそ、逆に、おそらく無意識に、物語を変な方向へ動かそうとするのかもしれません。それが今おっしゃった「うねり」になっている気がします。これは下手をすると、過剰さにつながります。でも僕は、そもそも「いびつな」物語が好きなんです。
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