- 2006.08.20
- インタビュー・対談
全ては読者の楽しみのために
「本の話」編集部
『数学的にありえない』 (アダム・ファウアー 著/矢口誠 訳)
出典 : #本の話
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
9・11がもたらした転機
『数学的にありえない』には、アダム・ファウアーが少年時代に読んでいた作家の美点が巧みに咀嚼され、反映されている。例えばスティーヴン・キングの『デッド・ゾーン』や『ファイアスターター』。やはり好きだったというマイクル・クライトン。そんな読書漬けの日々を送っていたアダム少年は、やがて作家になりたいという夢を抱くようになる。
「でも成長するにつれて、子どもの頃の夢は、もっと現実的なものに取って代わられてしまいました。誰しもそうでしょう? それでぼくも、学業を終えると、一般企業に就職することにしました。顧客の嗜好を数学的に処理する仕事です。自分の得意分野でもあり、楽しんでいたことはたしかです」
しかし、少年時代の夢を呼び起こす出来事が立て続けに起きた。それは二〇〇一年九月十一日にはじまる。
「勤め先が買収されたのを機に退社して、自分の会社を立ち上げるつもりでした。ところが退社当日に例のテロが起こった。起業の資金も集まらず悩んでいたとき、長年の親友から電話がかかってきました。彼女は、まだ三十歳だというのに、末期ガンに冒されてしまったというんです」
その女性の名はステファニー・ウィリアムズ。雑誌の仕事をしていた彼女も、いつか自分の本を出したいと夢見ていた。
「ぼくの父も四十九歳の若さでガンで死んでいます。父はたぶん、楽しんで仕事をしたことはなかったと思うんです。ぼく自身、退職とテロのせいで将来の予定が白紙にもなっていた。そこで彼女にこう言ったんです、『これから毎日、ぼくは君の住んでいるブルックリンに通うから、机を並べて、お互い何かを書いてみようじゃないか』と。そうやってぼくは、『数学的にありえない』を書き上げました」
そしてステファニーも小出版社から作家デビューを果たした。だが出版記念パーティーから二週間後、世を去ったという。ステファニー・ウィリアムズの名は、『数学的にありえない』巻末の謝辞の一番目に記されている。
「人間の一生なんて短い、と以前から思ってはいました。しかしあのとき、友人が死につつあり、街はテロに襲われ、父のことも思い出して、人生は短いどころか短すぎる、と悟ったんですね。自分が本当にやりたいことを後回しにしているひまなんてないと」
そんな経緯で書き上げられた『数学的にありえない』は、世界十六カ国が版権を取得、すでに数カ国でベストセラーリストにランクインした話題の作品となった。
「つねに悩んでいたのは、どうすればこの小説がもっとおもしろくなるだろう、ということでした。そのために、不要な場面や文章を徹底して削っていったんです。いまでも未練のある箇所があるんですけれど(笑)」
読者を楽しませることを第一に考えるファウアーは、自身、とにかく娯楽小説を愛している。その核にあるのは、少年時代に病床で読んだ物語がもたらしてくれた魔法への憧憬なのではないか。
「批評家が高く評価する古典的名著で、好きなものはたくさんあります。でもぼくはスノッブな文学青年ではなく、そのへんで売っているペーパーバックや、批評家が酷評するベストセラーも読みまくってきました。楽しければ細かなことは気にならないんですよ、だって楽しいんですから。
外界を忘れさせてほしくて、ぼくは小説を読みます。だから作家として第一に望むのは、自分の作品が読者にとって最高の楽しみになることなのです。だって、楽しくもないものなんて読んでもらえるはずがないでしょう?
その次に望むのは、読み終えたあと、読者に何かを考えさせること、何かの感慨を抱かせることです。無論、傑作の条件は他にもたくさんありますが、でも、このふたつが達成できたなら、それはいい本である証拠じゃないでしょうか」
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