- 2006.08.20
- インタビュー・対談
全ては読者の楽しみのために
「本の話」編集部
『数学的にありえない』 (アダム・ファウアー 著/矢口誠 訳)
出典 : #本の話
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
未来を変える「選択」
『数学的にありえない』の後半、ケインは無数の「起こり得る未来」を幻視する能力を獲得する。この着想と、そこから生み出される知的興奮は比類なく、これだけでも同作はサスペンス史にその名を刻まれてしかるべきだろう。
「この小説は『選択する』ということをめぐる物語なのです。誰もが、つねに自分が進みうる未来の分岐点に立っています。われわれはあらゆる瞬間に、自分の未来の進路を選びとっている。仮に何かを『選択しない』ことに決めたとしても、それ自体がひとつの『選択』でしょう」
わたしたちが存在する「世界/宇宙」が無数に枝分かれしてゆく――現代物理学から生まれた、いわゆる「多元宇宙」という考え方で、これは『数学的にありえない』の中で手際よく説明されている。そしてこれこそが、同作の展開の鍵を握るものでもある。
「そのことを深く考えるようになったのは、さっき言った、二〇〇一年九月の一連の出来事のせいでした。そのときぼくは、はじめて自分の人生を客観的に見て、自分がこれまで、安全な選択肢ばかりを選んできたことを悟った。そして、そうした『選択』の結果としてある自分の人生を、ぼくは必ずしも楽しんでいないことを自覚したのです。
あのとき、ぼくの目の前には、自分の人生を変えられるかもしれない大きな選択肢があった。そしてそれを選ぶことにしたわけです。この作品の主題もそこにあります。
われわれが下した、ひとつひとつの決断や選択を起点にして、また新たな『可能性』を無数にはらんだ未来が広がってゆく。そしてまた、どれほど正しい『選択』をしたとしても、じっさいにどんな未来が到来するかはわからないし、全てがうまく行くとも限らない。
それでも、われわれは未来へ向けてつねに歩きつづけている――それが生きてゆくうえで大事なことなんじゃないかと、ぼくは思うんですよ」
ファウアーはすでに第二作を脱稿している。また新たな奇想を盛りこんだポリティカル・サスペンスであるという。
「他人の意識に介入して、相手の行動を少しだけ操作したり誘導したりする能力を持つ人間たちがキーになります。脳や神経に関する科学を手がかりに、『感情』とはいったい何かという問題を扱った作品でもあります。
いまでもまだ、自分は小説家だと口にするのは面映(おもはゆ)いんです。それは第二作、第三作を発表してからだと思っています。第三作の構想もすでに完成していますから、早くそれにとりかかりたい。自分のやりとげたことを落ち着いて心から受け止められるのは、それからですね」
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