書評

向田邦子を論ずる幸福

文: 烏兎沼 佳代 (編集者)

『向田邦子の陽射し』 (太田光 著)

 「この本も、“オオタ売れ”するよね」

 若い書店員さんの小さな声が聞こえてきたのは、新宿の書店だった。

 角田光代さんの『八日目の蝉』が、太田光さんの推薦が追い風となって、ベストセラーとなったころだ。太田さんの薦める本が売れる現象を“オオタ売れ”と称した女性の書店員さんは、太田さんが「面白い」と言った次なる本を平台にサッと山積みした。

 二年ほど前の出来事である。

 放送界で時代の寵児として人気絶頂にある爆笑問題の太田光さんは、本の世界では、自身がエッセイ、評論、小説、絵本で活躍するばかりでなく、ベストセラー・メーカー、あるいは名著発掘人的な存在だ。

 唯一の趣味は読書、1年に100冊以上の本を読み、ヴォネガットを敬愛するあまり、代表作「タイタンの妖女」から事務所の名を「タイタン」としたのも有名な話である。

 2年前といえば、ちょうど太田さんに、生誕80年を記念して発刊された『向田邦子全集〈新版〉』の月報に「男が読む向田邦子」と題する2700字余りの原稿を連載していただいている最中だった。週に10数本のレギュラー番組、何本かの冠特番をこなしながらの執筆は、深夜、明け方、と着信の時間はバラバラだったが、一度も締切を破ることなく(どんなに遅くとも締切の翌日朝イチまでには)、毎月きちんとメールで届いた。「これは向田邦子の幸福論だ」「冒頭ですべてを言い尽くしている」といった論調は、作家との心地よい距離感で綴られた切れ味のいい作品解析だった。と同時に、「向田邦子に逢いたい」、「触れたい」、「誉められたい」といった、ズキンと胸に響くような言葉も多かった。それはあたかも、この世での逢瀬が叶わぬ向田邦子への静かで熱い恋文のようだった。



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