八十二歳でこの世に別れを告げる間際まで、執筆・講演・TV出演等の依頼は殺到していたが、生涯を仔細に追うと公的発言の期間は意外に短く、敗戦直後とサンフランシスコ対日講和条約締結前後、六〇年安保の時期にほぼ限られている。しかも七一年、五十七歳という若さで定年を待たずに東大法学部教授を退官するが、教授職辞任後はジャーナリズムに対しては一切口を閉ざした。「夜店閉店」という言葉を、極めて親しい友人には語っていたが、理由に関しては晩年まで口を緘(かん)した。
だが、東大教授の肩書きを外し、ジャーナリストに扉を閉ざしても、声望を慕い、謦咳(けいがい)に触れんと面会を希望する人の列は跡を絶たない。「勤務先=ナシ。仕事(職業ではない!)=面会業」と丸山眞男本人が自嘲した歳月は、吉祥寺東町の自宅隠棲後、実に二十五年間続いた。
何故か。
丸山眞男が対談相手にまず第一に伝授したのは、古今東西=ドイツ哲学・英米の民主主義思想・ゲルマン法・ローマ法・中国の古典・日本の儒学・国学からベートーヴェン、ワーグナーなどの音楽、チャーリー・チャップリンの無声映画にまで及ぶ厖大な知識を背景にした“人間模様”の面白さであった。しかし対談の相手を更に魅了したのは、それらの素材を駆使して立論に導く丸山自身の思考方法の鮮やかさで、聴き手は丸山邸の門を出た瞬間、自分を取り巻く人間と社会の光景が一変するという稀有の体験を味わう。客人の頭脳と精神に柔軟性と吸収力があれば、“丸山的思考法の肉体化”も夢ではない。
そんな快感に一度でも浸ってしまったら、人間の知的好奇心は一種の中毒症状を起こすだろう。通称「丸山塾」に四十数年通い詰めた不肖の弟子の一人が、塾頭である恩師といかなる会話を交わしたか――その一部を、丸山が愛して已(や)まなかった日本が衰亡の危機にあるいま、あえて紹介させていただくことにした。
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