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『複合大噴火』解説

『複合大噴火』解説

文:三上 岳彦 (帝京大学教授・首都大学東京名誉教授)

『複合大噴火〈新装版〉』 (上前淳一郎 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

 こうして、日本では一七八三年に異常冷夏がひきおこされ、東北地方を中心に大凶作となった。東北地方では、前年の一七八二年も凶作で、連年の凶作は米価の高騰を招き、人々は飢えに苦しんだ。とりわけ、東北地方北部の太平洋岸では、オホーツク海方面から吹きこんでくる「やませ」と呼ばれる冷たい北東風が冷害を大きくした。異常気象はその後も続き、日本だけでなくヨーロッパやアメリカ東部でも、一七八三年から一七八四年にかけての冬は異常な寒波に見舞われた。

 火山の大噴火と気候変動との関係は、実は、そう単純ではない。本書の舞台となった一七八三年の場合、浅間、ラキの複合噴火で、日本は異常冷夏をむかえたが、イギリスやフランスなど、ヨーロッパ西部の諸国では暑い夏となった。一方、インドネシア、タンボラ火山の大噴火がおこった翌年の一八一六年、北アメリカ東部やヨーロッパ西部では、異常低温を記録して「夏のない年」が出現したが、日本やインド、北アメリカ中西部などでは雨が少なく高温気味であった。一七八三年や一八一六年の例に限らず、一般的に、火山大噴火後には、気温低下に明瞭な地域差が生ずることは従来から指摘されている。

 これは、次のようなプロセスを仮定すれば説明がつく。まず、火山噴火によって生成された成層圏エアロゾルが、地球上に広がってゆく過程で日射エネルギーを弱める効果に地域差を生じ、それによって熱バランスがくずれる。すると、地球をとりまく偏西風のみちすじが大きく変わるため、冷たい空気や暖かい空気の流れに異常をきたし、場所によって気温が著しく低下したり、逆に高温化したりする。本書では、複合大噴火後のこうした気温変化の地域差についても、科学的に納得のゆく説明が加えられており、単なる歴史的事実の記載に終わっていない点で、説得力がある。

 再び、フィリピン、ピナツボ火山の噴火について考えてみよう。おそらく、ピナツボの場合、二百年前のラキ火山噴火に匹敵する成層圏エアロゾルが生成されたのではなかろうか。噴煙は、むしろ低緯度に位置するピナツボ火山の方が、高緯度にあるラキ火山よりも広い範囲に流されていった可能性が高い。二酸化炭素などの増加による温室効果が加わって地球規模の温暖化が進んでいる現在では、低温化の影響も二百年前ほど大きくはないだろう。しかし、噴火によって、偏西風に代表される大規模な大気の流れが変われば、世界的に異常気象が多発する可能性は十分にある。

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複合大噴火〈新装版〉
上前淳一郎・著

定価:590円+税 発売日:2013年09月03日

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