一九九八年の時点で全国都道府県すべてを踏破した僕だが、北海道は旭川付近までが北限だった。「週刊文春」の連載を依頼され、編集者とどこを取材するかで話しあった時、ぜひ北海道北部を舞台にしようという気持ちがあった。「できれば利尻島がいい」という提案には、編集者も諸手を挙げて賛成し、取材にはぜひ同行したいという話になった。
利尻島にはかなり以前から憧れのようなものがあって、いつかは訪れたいと思っていたのが実現した。「利尻富士」と呼ばれる秀麗な姿の火山そのものが島である美しさも魅力的だが、有名な利尻昆布やその昆布で育った利尻のウニを食べたいという、まことに不真面目な副次的欲求のほうが、むしろ本来の取材目的よりも強かった。毎度のことではあるけれど、利尻へ行って何を書くつもりなのかは、まったく考えてもいないまま、とりあえず出掛けてみたのである。
利尻島の美しさもウニの美味さも期待どおりのものがあったが、さていかなる物語を書くか――という目で眺め考えると、これがなかなか難しい。こういう別天地のような美しい島で、虚構とはいえ、オドロオドロしい事件を発生させるというのは、許されない冒瀆のような気がする。島を一巡りしたものの、いいアイデアが生まれそうな予感は生じなかった。
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