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『複合大噴火』解説

『複合大噴火』解説

文:三上 岳彦 (帝京大学教授・首都大学東京名誉教授)

『複合大噴火〈新装版〉』 (上前淳一郎 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

 著者の上前氏は、あとがきで、本書は歴史でもなく、気候学でもなく、ノンフィクションとも言いがたく、エッセイと思ってもらいたいと述べている。しかし、この本は単なるエッセイではない。火山噴火で大気中にひろがった噴煙で日射が弱められ、それによって生じた異常気象が洋の東西で凶作をひきおこし、飢饉による社会不安が政治体制をゆるがすという一連の図式が、最新の気候学理論と克明な史実の記載を通して見事に描かれている。気候学者は、火山噴火が気候変化をひきおこすメカニズムは追求するが、気候変化が人間社会に影響を与えて歴史を変えるといったテーマにとりくむ勇気をもたない。一方、歴史学者は、概して、気候変化を初めとする自然現象に、複雑な人間社会の歴史を変えるほどの影響力はないと考えているようだ。そうした意味で、この本は、学問のわくにとらわれずに自由な発想でものがいえる立場にある上前氏なればこそ書き上げられたのではないか。とすれば、これは、膨大な文献、資料のうらづけと緻密な分析を背景としたノンフィクションであり、日本とヨーロッパを舞台にした壮大な歴史ドラマである。

 火山噴火の話にしても、科学的なメカニズムが専門的知識をもたなくとも理解できるように、図や表を使って平易に書かれている。歴史の記載も、為政者や民衆の動きを中心に、当時の社会不安がどのような過程で打ちこわしや暴動へと進展していったのかといった点に力点がおかれている。

 旧ソ連、東欧の崩壊で、全面核戦争による「核の冬」の危機は去ったかに見える。一方で、石炭、石油などの化石燃料の消費がのび、熱帯地方では森林破壊によって砂漠化が進行し、大気中の炭酸ガス濃度は増え続けている。このため、人々の関心は、もっぱら温室効果による地球温暖化や、フロンガスによるオゾン層破壊に向けられる。

 二百年前の浅間、ラキの複合大噴火やそれに続く天明の大飢饉の悲惨な状況などは、遠い過去のできごととして忘れ去られようとしている。そうした中で、雲仙普賢岳とピナツボ火山のあい次ぐ大噴火は、自然災害の脅威を人々に再認識させる結果となった。その意味で、本書は地球環境の過去、現在、未来に関心をいだくあらゆる階層の人々に読んでもらいたいと思う。

複合大噴火〈新装版〉
上前淳一郎・著

定価:590円+税 発売日:2013年09月03日

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