小切子(こきりこ)の無心さとは,小切子(こきりこ)がおいしい見ものであると小切子(こきりこ)が知らないということなのではなくて,むしろこの光り息づく生きものはたえまなくそうと気づかされては明かりつのるのであるが,それをいやがうえにも愛くるしくしている踊りのしぐさや小さな民族衣裳の原料や文様やまといかた,踏んで立つゆかが街が国が,どんなにおびただしい惨苦のうえに載っているのかを,知らない怖がらないということのようであった.
練緒(ねりお)がこの年ごろだったころのひたむきすぎる暗さはなく,春潮(はるーしお)ののびやかさにかようところのないではないがもっと甘く,小切子(こきりこ)が踊っていた.朝荒(あさーら)や錆入(さびーり)がつけるふだんのけいこでは気がのらなそうにしていることも多かったが,大きなぶたいのまえ,よくおぼえこんだ曲を火守木(ひもりぎ)になおしてもらっているけはいは,見ているほうで同種の生物としてのじぶんを褒めてやりたくなるくらいに,つまり小切子(こきりこ)のような個体をあらせている手がらをじぶんも分けもっているのだとうれしくなるくらいに,玲瓏と嫋嫋(じょうじょう)と匂わしかった.火守木(ひもりぎ)はあれこれとだめだしをしてはいるのだが,まるで伏しおがんでしまいそうな目つきで小切子(こきりこ)をいっそう輝かしていた.
見とれていると朝荒(あさーら)の内弟子の鳴牛(なるーし)が肩をたたいて,近くへ使いに出るが小切子(こきりこ)の家からとどいてあずかっているものをけいこがすんだらわたしてほしいと,軽い紙ぶくろを託していった.のぞくと,暮れて寒くなるのを気づかっての半外套らしく,象牙いろの小さな手ぶくろがそえてある.
小切子(こきりこ)を,呼びとめはしないで,ついて階をのぼった.ひとつにははごろもを手ばなすのを惜しんだ.着がえのへやに着いて軽い荷の手から手へ移るや,小切子(こきりこ)はもう目のくらむ遠さであった.春潮(はるーしお)とはうねりかえしてしたしむ時期が来ていたが小切子(こきりこ)は遠くなるだけだと,三千にちがたってみなくてもよくわかった.火守木(ひもりぎ)に気をゆるしていたなごりでか,いつもほど人見知りしないはっきりした声で礼を言うのを,はるかな天の笛と聞いた.