書評

『ロマンス』解説

文: 宇田川 拓也 (ときわ書房本店)

『ロマンス』 (柳広司 著)

〈以降の文章は物語の核心に触れております。本編読了後のお目通しをお願い致します〉

 高貴な美男子を主人公にした浪漫の香り漂う軽妙なミステリ――そんな雰囲気の幕開けから大体の内容を予想していた方は、中盤以降の展開にさぞや驚いたことだろう。

 嘉人の妹――万里子に寄せる清彬の赦されない恋心こそ“ロマンス”を感じさせるが、物語に並ぶのは、世間の華族への反発、華族と軍部、共産主義、青年将校によるテロ計画といった、いずれも“ロマンス”とは縁遠い物事ばかり。鋭い洞察力と推理力を持ち、語学堪能で、銃器の扱いにも慣れている清彬にスパイ活動の依頼がもたらされるに至っては、まんまと先入観を逆手に取られ、一瞬タイトルを忘れて『ジョーカー・ゲーム』的な展開を予感した方もいるに違いない。ちなみに柳広司は、六本木のバーに勤めるSP出身のバーテン兼女用心棒が、成り行きでチェスの元世界チャンプを護衛することになる“どんでん返し”サスペンス『キング&クイーン』でも、明らかに『ジョーカー・ゲーム』読者を想定したと思しき趣向を盛り込んでいる。

 こうしてまったく先を読ませない展開のもと、華族制度が存在した当時の社会と人々の特異性を詳らかにしつつ、意図的に読み手を“ロマンス”から遠ざけていく手法は、本作において大きな効果を発揮している。テーマから距離を取ったのちに現れる、清彬が万里子に語る“ロマンスの教訓”や、清彬が信じる“見えない糸で雁字搦めにされた自分に唯一残された一篇のロマンス”は、極めて印象的な至言や憧憬へと昇華する。冒頭のエピグラム――ロマンスとは手の届かないものに憧れ、両手を精一杯差し伸べた姿だ(E・M・フォースター)――にあるように、“ロマンス”が芽生え、狂おしいまでの魅惑の輝きを帯びるには、越え難い距離や隔たりが必須であることを、柳広司は単にメッセージを作中に組み込むだけでなく、物語の構造そのものから表そうとしている。

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ロマンス
柳 広司・著

定価:550円+税 発売日:2013年11月08日

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