しかもその試みに加え、ラストで“ロマンス”の欠落した人々と世界を描き出して悲劇性を高め、真髄を浮き彫りにしてみせる念の入れようには、技巧の冴え以上の「この物語で“ロマンス”を描き切ってみせる」という執念のような凄味を感じずにはいられない。清彬が嘉人にした、ペローの童話『長靴をはいた猫』に出てくる猫のコスチュームが答えの謎掛け――“ひげと長靴とベスト”が、誠に皮肉な結果を招いてしまうあたりなど、まるでシェイクスピアを読んでいるようである。自らの“ロマンス”ばかりか、この世界からもそれが失われていることを痛感し、表情のない白い顔で群衆の前から去った清彬。こうして“ロマンス”という言葉から浮かぶ景色がすっかり変わってしまった読者のうち、彼のその後を案じずにいられる方は、まずいないだろう(余談だが、単行本刊行後しばらく、売り場にて本作を読み終えた方々から、続編の有無について複数のお問い合わせをいただいたものである)。
このあと日本は、昭和十六年に大東亜戦争へと突入し、昭和二十二年、日本国憲法の施行とともに華族制度も廃止される。
そのとき、清彬の目の前には“どこまでも続く青空”が広がっているのだろうか――。
描かれざるシーンを想い、読者が想像の両手を精一杯差し伸べたとき、もしかしたら『ロマンス』という物語は真に完成されるのかもしれない。
最後に、本作発表(二〇一一年四月)以降の柳広司の動向に触れておくとしよう。
『怪談』(光文社/二〇一一年十二月)は、あのラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の『怪談』にロジックを投入し、怪異性豊かな現代ミステリに変奏するという前代未聞の 離れ業を成功させた奇蹟の作品集。出世作『ジョーカー・ゲーム』から始まるスパイ養成学校“D機関”サーガの第三弾『パラダイス・ロスト』(角川書店/二〇一二年三月→角川文庫/二〇一三年六月)は、ドイツ占領下のフランス、英国領シンガポールのラッフルズ・ホテル、ハワイ沖の豪華客船を舞台にしたワールドワイドなエピソードに加え、“魔王”結城中佐の正体に迫る問題作を含んだ見事なシリーズの到達点。そして本書発売時点での最新作となる『楽園の蝶』(講談社/二〇一三年六月)は、一九四二年、“昼の関東軍、夜の甘粕”といわれた支配地――満州を舞台にしたサスペンス。満州映画協会――“満映”の扉を叩いた脚本家志望の若者を主人公にした物語は、本作とテーマ的に共鳴する要素も含まれているので、つぎに読む一冊として特にオススメしたい。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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