- 2016.10.14
- 書評
語り部の天才が、普通の人たちの輝きを繊細に描いた珠玉の物語
文:田丸 公美子 (翻訳家・エッセイスト)
『ロベルトからの手紙』 (内田洋子 著)
ジャンル :
#随筆・エッセイ
「紐と踵」では、『ジーノの家』でも読む人を圧倒したあの古い帆船が再び出てくるのだが、船上生活が彼女の筆力で新鮮に蘇り飽きることがない。永遠に進化し続ける彼女の表現力に舌を巻く。ここでは、彼女が船を降りて町の商店街で靴を買おうとするが、くたびれた足元を見られひどく屈辱的な扱いを受ける。彼女らしく「情けなさがこみあげて口もきけず」と淡々と流しているが、その胸中は察するに余りある。おもしろいのは友人夫妻がその店主に痛快な意趣返しに行ってくれること。イタリア人の男気と、異国でそんな友人を持っている彼女の人間的魅力が見えてくる。
人と初めて会うときまず足を見るという彼女にとって、足は、その人となりを想像する要の観察点らしい。だが、イタリア人が裸足の足を見せるのはベッドの中だけ。新幹線で簡単に靴を脱ぐなんて決してしないイタリア人にとって、足はかなり内輪かつ内面的なパーツなのである。イタリアで足を見せることは、心を許していることでもあるのだ。
作者渾身のあとがきがまた素晴らしい。彼女の生き様のみならず、38年もイタリアで生きてきた存在理由までもが行間から鮮やかに浮かび上がってくる。
再び表紙に戻り、気負いのないシンプルな木彫は80~100種類もの鑿を使い分けて彫ったものだという。彼女の物語とよく似ている。何十種類もの表現法を微妙に重ね、組み合わせて立体に仕上げていく。同じ人の物語も切り口を変えることで万華鏡の如くその色合いを変えていく。彼女の書くものもまた、「哀しいほどに美しい」。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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