- 2016.10.14
- 書評
語り部の天才が、普通の人たちの輝きを繊細に描いた珠玉の物語
文:田丸 公美子 (翻訳家・エッセイスト)
『ロベルトからの手紙』 (内田洋子 著)
ジャンル :
#随筆・エッセイ
まず目を引かれるのがカバーの木彫だ。この羽が生えた足は新進気鋭の作家田島亨央己氏の作品で、荒削りな彫り痕と足先だけで立つ危うげなバランスが印象的だ。作品は、内田洋子さんが偶然入った展覧会で一目惚れした作家に、神の伝令ヘルメスの足を特注したものだという。「13の足音を詰めた小箱の蓋にしたい」と作家に懇願しただけあって、小箱の中にある13の物語と絶妙な調和を醸し出している。
『ジーノの家』で主要なエッセイ賞を総なめにした内田洋子さんは、変幻自在なテーマのもと次々に物語を繰り出す天才語り部だ。今までも、彼女が得意とする料理から、旅、ペット、男女の恋に至るまで、多岐にわたるモチーフを自在に扱いながら普段着のイタリアを見せてくれた。エッセイというジャンルに入れられているが、彼女が書くものは決して単なる身辺雑記ではない。反対に、自身は感情を抑えた黒子に徹することで珠玉の物語を紡ぎ出していく。物語には塩野七生さんが描く英雄や権力者も出てこないし、須賀敦子さんが描く「ご飯ちゃんと食べてるかしら」と心配するような人も出てこない。誰もが毎日きちんとご飯を食べながら、泣き、笑い、懸命に生きている普通の人たちだ。
彼女が今回の書き下ろし作品のテーマに選んだのが足。靴、足もと、歩みなど足にまつわる話を彼女らしい上質な描写で綴っていく。すべて彼女自身が見聞きした体験に基づく話で、抜群の記憶力に培われたジャーナリストらしい視点が生きている。
たとえば「二十分の人生」では、足の悪い老女に頼まれ広い道路の向こう側までエスコートする間に彼女が語った83年の人生が見事に再生されている。こちらから質問しないで向こうから語らせる――彼女独自の取材手法もかいま見える。
「赤い靴下」では、愛し合った二人が互いにかたくなになり、冷え切った関係になっていく経緯を、歴史の変遷についていけない夫の「赤い靴下」に語らせていて切ない。
「曲がった指」には、今までも深い愛情とともに語られた魅力的な女性ニニが再登場する。今は数少なくなった自分の身の程を知る女性ニニ。彼女がハイヒールを脱いで見せた足は、指が内側に大きく曲がって重なり醜く変形していた。我慢に我慢を重ねた辛かった半生が足に凝縮されているようで胸が詰まる。