
「無意識」だから怖いブラック労働
本作は、前著『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)の続編である。2012年の同書の刊行によって、今では「ブラック企業」は人々に知れ渡ることとなり、各党が政策案を発表するなど、国家的問題となった。
だが、この問題はまったく解決を見ていないのが実情である。
その理由は、ブラック企業は話題になっているのに、“次々に若者が入社してしまい”、しかも、ひどい実態なのに鬱病、過労死、過労自殺に至るまで、“辞めずに働いている”からだ。だから、被害が拡大し続けている。
実際に、労働相談を受け付ける私たちのNPOには、ブラック企業で働く若者の「親」からの相談が相次ぐ。
「娘が毎日早朝から深夜まで働いている。食事もろくにとっていなく、痩せこけて、人相まで変わってしまった。両親が話しかけても『忙しい』と取り合わない。会社に洗脳されてしまっているのではないか」
といった具合だ。
だが、このように書いても、彼らがなぜ入社してしまうのか、そして「辞めない」のか、政治家を含め、ほとんどの方は理解に苦しむだろう。ブラック企業の被害を止めるには、ブラック企業の巧妙な「使い潰し」のプロセスをよくよく知る必要がある。
そこで本書は、ブラック企業が若者を絡め取り、絞り尽くすその過程と戦略に焦点を当て、徹底的な実例からの解明を試みている。
端的に言って、ブラック企業は実態が「酷い」だけではない。徐々に若者を「洗脳」していくところにこそ、悪質さの本質があるといってもよい。
虐待による「心身喪失状態」

http://www.npoposse.jp/
そもそも、「死ぬほど働く」というのは、通常の人間の状態ではない。確かに、日本には昔から過労死があったが、それは中高年で、家族を支える必要があり、それなりに責任と給与が保障された管理職に多く見られたものだった。
近年の若年過労死・自殺・鬱の背後には、“意図的に心身の喪失状態に追い込み”、理性を剥奪して働かせ続けるブラック企業の労務管理戦略がある。
本書で紹介するのは、まず「洗脳研修」の実態だ。入社後に、山にこもらせ、徹底的な自己否定をさせる。携帯電話などの通信手段も奪い、完全な密室状態で圧迫し続ける。こうした「洗脳研修」は、今ではビジネスとして社会に広がりを見せている。
次に、就労後の圧倒的な長時間労働と過酷なノルマである。常に数字と長時間労働に追われ続けることで、私生活や通常の価値観が破壊されていく。
こうした価値観の破壊を促進するのが「虐待」である。無意味な叱責、暴言、暴力などは、自尊心を含め個人のアイデンティティーを「戦略的」に剥奪するための手段なのである。
このようなブラック企業の社員たちも、はじめはまじめな「やる気」をもっている。飲食店や介護の現場で、「お客様のために」頑張ろうというのだ。しかし、長時間労働と虐待が続くことで、こうした「正常なモチベーション」は、ことごとく打ち砕かれ、ただブラック労働の奴隷と化していくのだ。
こうした状態を、私は「心神喪失状態」での労働と名付けることにした。――精神病で倒れるほどではないが、正常な価値観や私生活を維持できない状態――このぎりぎりの極限状態こそが、ブラック企業にとってもっとも「うまみのある状態」なのであり、この状態に若者を仕上げていくことこそが、ブラック企業の労務管理の本質なのである。
2015年「残業代ゼロ法案」で他人事ではなくなる!
一方で本書では、なぜ今の法律でブラック企業を取り締まれないのか、そして、政府の「雇用改革」が今後、ブラック企業にどのような影響を与えるのかを、具体的に検証した。
今も話題になっている「残業代ゼロ法案」や「解雇規制の緩和」がブラック企業を減らすという議論もある。しかし、ブラック企業の労務管理の実態を見ていくならば、こうした見解が間違っていることが見えてくる。
ただ、こうした“政策論議は、常に理念と理念のぶつかり合いのようになりがち”だ。本書では、そうしたイデオロギー的な批判を避け、ひたすら現場の事実から、雇用改革で何が起こるのかを検証した。ブラック企業の洗脳プロセスと、これを踏まえた政策の検証で、ブラック企業問題の解決策の決め手が見えてくる。
ブラックバイト、マタニティーハラスメント、追い出し部屋――こうした労働にまつわる現場の問題は、「ブラック労働」がこの国の老若男女すべてにひろがっていることを示している。
だが、本書の終章でも書いたとおり、本当の「経済イノベーション」を実現するためには、「ブラック労働」で瞬間的に無理をするよりも、人間が健康的で将来に希望が持てる社会でなければならない。
死ぬ気で100メートルを走りぬいても、「ほどほど」のスピードで後ろから走ってくる人のほうが、はるかにながく走り、遠くまで行けるのだから。
ブラック企業2
発売日:2015年03月20日
ブラック企業
発売日:2013年01月25日
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『戦争犯罪と闘う』赤根智子・著
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