
年が明け、ますます本格化している就活。しかし内定を欲しがる学生たちに忍び寄るのが、「ブラック企業」の魔の手だ。「正社員」という餌をぶら下げ、若者を使い潰す問題企業に就職しないために何が必要なのか。そして、有名企業も“ブラック化”する現状とは──。
年が明け、会社説明会や社員懇談会など企業の採用活動が本格化してきた。
昨年から始まった当連載では、企業が採用対象大学を絞る「ターゲット化」を推し進めている「2014年度就活」の現状などをレポートしてきた。企業は効率的に優秀な人材を取ろうとする分、学生にとっては内定獲得は厳しさを増している。こうした状況から、「とにかく内定を」と焦る学生が増えるのも無理はない。
だが、そうした焦りに危険な罠が潜んでいる。「ブラック企業」の存在である。
異常な長時間労働、時間外労働の不払い、言葉や肉体での暴力、パワーハラスメント、女性に対するセクハラ……。ひどい時には、うつ病など精神疾患まで引き起こすこともある。社会人の第一歩目で、人生自体を破壊されかねない──それがブラック企業と呼ばれる企業だ。
徹底的な隷属と監視で支配
東京六大学の1つを卒業し、上田さん(仮名)がアパレル商社のA社に入社したのは2011年4月のことだった。就活を始めた2009年は、ちょうど前年のリーマンショックの影響で企業の採用枠が急減した直後。大手はどこを受けても弾かれた。上田さんは理系だったが、興味があったアパレル業界を中心に活動。そんな中、順調に選考が進んだのがA社だった。
「知名度もなく、規模も小さかったが、だからこそできることもある」
そう前向きに判断した。面接時間が1回2時間に及ぶなど、やや気にかかる点もあったが、内定の出たA社に就職した。
だが、入社してすぐそんな想像は甘かったことを思い知らされた。社長は普段から両足を机の上に投げ出して指示をし、何かと言えば怒鳴りあげる人物だった。
上田さんは先輩の営業見習いとして同行するようになったが、次第に社長から理不尽な仕打ちを受けるようになった。
「社長と一緒に衣料資材を遠方の倉庫に取りに行った際、帰ってからその倉庫に忘れ物をしたことに気づいた。その途端、社長からみぞおちを思い切り蹴りあげられました」
入社前に給与は営業手当込の25万円とされたが、半年間は17万円に据え置かれた。朝は9時出社で退社は11時、休みは日曜のみ。時間外労働の残業手当は退職まで1度も払われることはなかった。同期入社の5人のうち3人は3カ月以内で辞めた。
社長からの言葉や肉体的な暴力は日常的に行われるようになった。仕事の仕方も教えないのに、上田さんの仕事に不十分なことがあれば「バカヤロウ」と怒鳴られ、機嫌が悪いときには「お前の目つきが悪い」と殴られた。
なにより精神的に追い詰められたのは、土日もプライベートがない徹底的な隷属と監視だった。
「日曜の朝ようやく休めると思っていると、携帯で『いまから来い』と呼び出される。行ってみると、私用の買い物の付き合いで『駐車場代を支払いたくないから、車内で待っていろ』という用件だった。また、週末の予定を聞かれ、友人との用事があると答えると『いますぐ電話しろ』と目の前で友人に電話させられ、変更を強制されたこともよくありました」
限界が訪れたのは1年半後の昨年9月だった。3発拳で殴られたのち、実家に帰って調べ物をさせられていたが、その日中に調査を終えることが不可能なことがわかり、電話で社長に報告した。その途端、電話ごしにまた激しく怒鳴られた。直後、上田さんは過呼吸に陥り、泣き崩れた。
驚いた両親はそこで初めて息子がどんな状況で働いているかを知った。親の強い勧めで週明けに会社に退職の意志を伝えた。退職はできたが、その月の給与は支払われなかった。
暴力、パワハラ、長時間労働、公私の区別のない拘束……。取材の際、具体的な思い出を話そうとすること自体が苦痛だと上田さんは語った。典型的なトラウマ(心的外傷)だった。
労働問題に詳しい笹山尚人弁護士によると、上田さんのケースは明らかな違法だと指摘する。
「上田さんのケースでは、土日の区別なく働かせていることが問題。労働基準法35条で『毎週少くとも1回の休日を与えなければならない』と規定している。業務ではなく、私用で社員を使っていることも雇用契約に反している。もちろん、暴力やパワハラはもってのほかです」
グローバル化の流れと一体
こうした違法な労働を強いる企業が増えたのはリーマンショックが起きた5年ほど前からだと笹山氏は言う。
「まず起きたのが派遣切り。それは派遣社員という有期雇用が対象でした。そのあとに正社員を対象にしたブラック企業が顕在化してきた」
こうした企業に共通するのは、「正社員」を殺し文句に若者を採用し「使い潰す」まで働かせることだ。
派遣社員の場合、業務の範囲が明確に規定されており、無茶な命令をされても従う必要はない。だが、正社員はまさに「正社員」だという理由で無茶な命令に従ってしまうのだ。
不況による就職難が、若者の「正社員志向」を生み、それが、社員を換えのきく「消耗品」として極限まで働かせるブラック企業を生み出してきた。
「弱肉強食のグローバル化の流れと一体化しているとも言え、ブラック企業の従業員規模は零細・中小から大企業までどこにでもある。そのために見分けるのは容易ではありません」(同前)
事実、「ブラック企業」と名指しされている企業には、誰もが知る会社もある。
昨年七月に行われた「ブラック企業大賞2012」では、ワタミ、ウェザーニューズ、すき家(ゼンショー)などがノミネートされた。
労働者なら誰でも加入できる労働組合「首都圏青年ユニオン」の発表によれば、ワタミやウェザーニューズでは、入社から数カ月の新入社員が過労自殺に追い込まれており、すき家は時間外労働の未払いや違法な労働条件などで提訴されている。
暴力や賃金未払いなどの明らかな違法行為なら問題はわかりやすい。だが、企業の「体質」となると判別が難しいのだ。カリスマ的な創業者の言葉を宗教のように暗誦させたり、社員同士で過剰な競争をさせて脱落した者を追い出す、社員が“自発的”に“研修”するような異常な労務状況が作られる、といった「企業風土」や「企業体質」は一概に違法と判断しにくく、ブラック企業と即断するのも難しい。
「社会経験がない素朴な新卒社員は、それを我慢すべきか、異常かどうかという判断基準がない。そこにブラック企業がつけこむ隙があります」(同前)
若者を大量採用し使い捨てる
では、ブラック企業や、ブラック企業的な体質を持つ会社に就職しないためにはどうすればよいのか。
しばしば指標とされるのは離職率だ。厚生労働省の新卒入社の3年後の離職率調査で比較した際、もっとも高いのは「宿泊・飲食サービス業」や「教育・学習支援業」で、どちらも48%以上と3年で約半数近くが辞めている。これは「製造業」の15.6%や「電気・ガス・熱供給・水道業」などのインフラ系の7.4%と比べるといかにも高い。
だが、離職率が低いからブラック企業でないとは言えない。
たとえば、現代を代表する「情報通信業」は25.1%と全体平均の28.8%と比べてもやや低いくらいだが、この業種にもブラック企業は忍び込んでいる。
横浜市に住む川上さん(仮名)が都内のITコンサルティング企業B社をやめたのは昨年8月。
川上さんがB社に入社したのは2010年秋。システムエンジニア(SE)として採用された。基本的な仕事としては、顧客のもとへ通い先方の要望するウェブサービスを立案、仕様書にまとめたのち、外部のエンジニアやデザイナーに発注するというものだった。
だが、その仕事のとり方に無理があったと川上さんが振り返る。
「『話をつけてきた』と上司がいう客先に行ってみると、どう考えても外部スタッフが受けてくれない金額と内容、納期。条件に対して単価が安すぎた。案の定その案件を過去に仕事をしてもらった外部に相談に行くと拒否。帰って報告すると『誰でもいいから作り手を探してこい!』と怒鳴られる。結果、そのツケはこちらに回されました」
昼は通常の営業コンサルを行い、夜は会社で泊り込みで制作。土日もなく、家に帰れたのは週2回という状況だった。そこまで努力したものの、一部の工程で納期を守れなかった。すると、顧客からディスカウントを要求されたとして川上さんの給与も減額された。
そんな無理な仕事に加え川上さんが耐えがたかったのは、「指導」という名のいじめだった。
「全体会議などで『●●は先月200万円』などと個別の売上の比較をしたうえで、あまり稼げなかった人に『お前さ、どういうふうに仕事をしているのか、実演してみろ』と劇のようなことをさせられた。それを部内のみんなが笑ってバカにするという構造。これは精神的に相当応えました」
数カ月勤務する中で川上さんが気づいたのは、できる社員、すなわち営業成績がよい社員は若くても優遇するが、営業成績が悪い社員はこの『実演』をさせて辞めさせる態勢に入るということだった。
最終的に「うつ病」という診断結果で会社を辞めることになった川上さんは、B社にいた2年弱の日々は「罰ゲームのようだった」と振り返る。

ブラック企業を見極めるには
『ブラック企業』(文春新書)の著書もあり、若者の労働環境を調査するNPO「POSSE」の今野晴貴代表は、これまで多数のブラック企業に関する相談を受けてきた。その経験からいくつかの傾向が挙げられるという。大別すると、「大量採用」「選別」「使い捨て」「無秩序」だ。
「もともとの社員数に比べて、それと同じくらいの新入社員を採用する『大量採用』は、裏を返せばそれだけ辞める社員も多いということ。そのために、会社に残るのが厳しいくらいのパワハラで『選別』したり、異常な長時間労働で酷使させて『使い捨て』する。あるいは、一部の上司がパワハラや暴力など『無秩序』な労務管理で精神的に追い詰めていく」(今野氏)
POSSEへの相談件数は2011年度は350件ほどだったが、2012年度はその約3倍の1000件を超すことは確実だという。相談内容も08年までは残業代の不払いなどが中心だったが、09年以降は無秩序なパワハラや長時間労働など、明らかに使い潰す方向に傾いた。
「買い手市場で企業側が有利になり、新卒という労働市場の価値が下がった。そこにブラック企業はつけこんだわけです」(同前)
従来、若者の卒業後の離職率は中学・高校・大学の比率から「七五三」と言われ、その比率は今も昔も変わっていない。だが、その内実は5年ほど前と大きく異なると今野氏は言う。
「08年頃までの離職はスキルアップや転職など前向きだった。ところが、リーマンショック以後は、これ以上会社に残れないという望みのない離職。質がまったく変わっているんです」
では、現在就活にあたる学生は、どのようにしてブラックか否かを判断すればいいのか。
今野氏はブラック企業を見極めるのは簡単ではないと認めた上で、企業にあたる際、少なくとも次の5点をチェックすべきだという。
●給与を「基本給」と表示せず、時間外を含めた総額表示など曖昧な表記にしている(※残業代などを支払わない可能性あり)。
●総従業員数に対して、新卒の募集人員数がかなり多い(※大量採用後に大量離職の可能性あり)。
●採用選考の面接過程で、いきなり契約書にサインさせる(※雇用契約を吟味させず、口頭での労働条件と異なる可能性あり)。
●「裁量労働」など融通無碍な労働条件を謳っている(※裁量労働は五年以上の経験が必要)。
●同業他社に比べて平均年齢が若すぎる(※離職率が高く、若者の採用と使い潰しの可能性あり)。
学生では企業の実態はつかみにくいものだが、最低限これだけ把握して臨めばブラック企業に騙されるリスクは下げられる。そのためには、ネットの口コミや大学のキャリアセンターなど得られる情報を駆使すべきだと今野氏は言う。
それでも、もしブラック企業に入ってしまった場合はどうすべきか。もっとも身近にあるのは、都道府県が設置する「労働相談情報センター」だと前出・笹山弁護士が言う。
「具体的な労働状況を聞いたうえで、訴訟を含めた対策や段取りを斡旋してくれる機関。国の労働局よりも実際的なところがよい」
今野氏は、まずは労働時間や上司の発言など、とにかく日々の記録をつけることが大事だという。
「そうしておけば、かりに裁判などになった際、法律が味方してくれることもある。責められてもむやみに『自分が悪い』と思い込まず、客観的な記録をつけることです」
若者を食い潰す企業が待ち構えている現在、その真贋を見抜くことがまずは社会人の第一歩なのかもしれない。
ブラック企業
発売日:2013年01月25日
-
『戦争犯罪と闘う』赤根智子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2025/06/20~2025/06/27 賞品 『戦争犯罪と闘う』赤根智子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。