書評

若者と、日本の未来を奪うブラック企業

文: 今野 晴貴 (NPO法人POSSE代表)

『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』 (今野晴貴 著)

「利益を出せないお前はくずだ」「小学校から人生をやり直せ」「働くことがわかってないから、ホームレスに話を聞いて来い」「気合が足りないから、街でナンパしてこい」。ブラック企業で働く若者の日常である。

「ブラック企業」と聞くと、「暴力団のフロント企業」を思い浮かべる読者もおられるかもしれない。だが、そうではない。「ブラック企業」とは、若者の間で用いられる、「違法な働かせ方をする企業」を意味する言葉である。2000年代の中ごろに生まれ、インターネットを通じて話題となった。

 典型的には、IT企業の労働環境だ。終わりのない長時間残業・休日出勤、さらには「三五歳定年」と呼ばれる容赦ない解雇が行われる。このため同産業の社員は若者の比率が際立って高い。「正社員」になったとしても、働き続けることができない若者の雇用環境の劣化を、IT業界は象徴している。

 近年、こうした「ブラック」な働かせ方は、IT業界以外の職場にも広がりを見せており、中には大手メーカーや老舗大企業の「ブラック化」の事例もある。このため行政の労働相談窓口では、パワーハラスメントに関する相談が急増し、鬱病にかかったり、自殺する若者の事件が後を絶たない。ブラック企業は健康や生命の安全に関わる問題なのである。

 私は大学院に在籍して雇用政策の研究を行う傍ら、若者の労働相談を受けるNPO法人「POSSE」を運営してきた。これまでに関わった労働相談は1500件以上に及ぶ。その中で感じるのは、ブラック企業の問題は、ただの「悪質な企業の事例」や、「悲惨な個人的体験」として済ませられないということだ。

 ブラック企業の被害者の多くは鬱病を抱え、働く意欲を失っている。また、治療費に苦しみ、ひどい場合には生活保護を受給する。医療にせよ福祉にせよ、それらは日本社会全体の負担となり、違法企業は責任をまったくとらない。特に、新興大企業の若者の使い潰しは目に余る。優秀な学生を大量に採用していながら、彼らのキャリアを台無しにするからだ。

 では、どうしてこんなことが許されるのか。「ブラック企業」は自社の法的な責任を免れるために、さまざまな脱法行為を駆使し、社会に負担を押し付けるからである。多くの相談事例からは、悪徳な弁護士の暗躍などを通じ、彼らが周到に自社のコストを社会に転嫁する様が浮かび上がってくる。

単なる「格差の告発」ではない!

 また、若者を使いつぶすという行為は、この日本という社会から未来を奪い去る。低賃金・長時間残業や、パワーハラスメントの結果、少子化や、家族崩壊、労働モチベーションの低下などが生じてしまう。

 だから、私は、ブラック企業問題は、日本社会に取り付いた「病」であると思う。このままでは日本社会が退廃してしまうという危機感こそが、この本を著した動機である。

 しかし、この手の話を聞いて「また若者からの告発か」と辟易する読者も多いだろう。確かに、2000年代からさまざまな若者問題が「告発」されてきた。例えばバブル崩壊直後の世代が、「ロストジェネレーション」という言葉で「割を食った」と主張した。

 だが、本書が異なるのは、日本社会全体の問題としてブラック企業を捉えていることだ。「ロスジェネ」が一部の世代に特化した「告発」であるのに対し、ブラック企業問題は、日本社会全体の存亡を問うているのである。

 また、私は労働相談活動の傍ら大学院で専門的な研究活動を行ってきた。実践的な活動と、研究者としての客観的な目線によって、ただ事例の告発に留まらず、七年間かけて直面してきた累計1500件を越す豊富な実例に客観的な分析を織り交ぜ、問題の全体像を描き、処方箋を提案した。

 きっと、近年世に出た「格差問題本」とは一味違うという感想をもっていただけると信ずる。

 この本を「誰に読んでほしいか」と問われれば、子供を持つ親、そして教育関係者だ。実は、私が受ける労働相談の一定割合は、親御さんからの相談である。ブラック企業の問題は、対処法を誤ると取り返しがつかない。特に、これまでの日本社会の常識から、「我慢していれば、いずれ会社になじむ」と考えてしまう両親や教育関係者が多く、被害を拡大させている。

 真面目に働くことや、企業を信頼することに私はまったく賛成である。だが、そうした真面目さを利用され、結果が裏目に出てしまうのが、ブラック企業問題の恐ろしいところだ。

 ブラック企業の手口や対処法は、本書に十分に記しておいた。本書によって、若年正社員の雇用環境について正しい知識を広げ、できる限り多くの若者の未来を救いたいと思う。

ブラック企業

今野晴貴・著

定価:809円(税込) 発売日:2012年11月19日

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