- 2015.03.05
- 書評
ろくでもない世界における『デブを捨てに』のスゴイ効能
文:宇田川 拓也 (ときわ書房本店)
『デブを捨てに』 (平山夢明 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
いずれの主人公も、金がなく、地位もなく、明るい未来が待っているわけでもない、社会の底辺でなんとか生きている者ばかり。その目をとおして語られるのは、非情で歪んだ暗黒世界で笑いと哀しみが渦を巻く、まさに“最悪劇場”と呼ぶにふさわしい取り扱い注意なエピソードだ。しかし、平山夢明の真骨頂が、こうした様々な“最悪”を創り出す過度な演出だけにあると勘違いしてはならない。
なぜ公園で首を吊ろうとしたのかを問うと、「あ、あれは虫くだしだ。たまに死に真似しねえと生きてらんねえべ」と当たり前のように答える男の思わぬ靭(つよ)さ。生きるか死ぬかの選択肢を前に、少年の純心が選んだ答え。狂騒の家族のなかでただひとりまっすぐな少年が口にする、「ぼく、負けたくないんです」という切なる言葉。なんとか逃げ延びてガラガラの電車の席に一度は腰を下ろすも、ふいに立ち上がったおっさんの覚悟。項垂れた店主が語り出す、貧しい少年時代に父親と一緒にスケッチブックを持って出掛けた記憶。もう営業もできないほど破壊された店内で夜明けまで続く、ささやかな最後の酒宴。盛大に嘔吐したあと、デブが涙ながらに漏らす両親への気遣い。幼き日のかわいらしい自分を写した1枚の写真……etc。ろくでもない世界の底辺にも、人をハッとさせ、揺さぶり、動かすような小さな欠片がいくつも存在する。だがそれらは、ただ目の前に示したところで絵空事のように映ってしまい、真価を伝えることは難しい。“最悪劇場”の極限劇を通じて読み手に示すからこそ、憂さや黒い気配をものともしない強い説得力で伝えることができるのだ。平山夢明はそれを熟知し、実践している点を見誤ってはならない。
最後のページを閉じ、顔を上げてみても、世界は相変わらずろくでもないままだ。しかし、「まったく、ろくでもねえ――」とふたたびつぶやいてみると、その口調は「やれやれ」とひとりごちる程度のものに緩和されていることに気がつく。見るもの聞くものすべてが自分を蔑んでいる気配を感じても、いまなら勝手にそうさせておけばいいと思えそうだ。
『デブを捨てに』の効能は、かなりスゴイですぞ。
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