書評

日本医療史の光と影にメスを入れて……

文: 大鐘 稔彦 (医師・作家)

『病気の日本近代史――幕末から平成まで』 (秦郁彦 著)

 本書は更に、医師としても軍医総監にまで昇りつめた文豪森鴎外や、自らその罹患者であった明治天皇をも巻き込んだ「脚気(かっけ)論争」を詳述する(第二章「脚気論争と森鴎外」)。

 今日では“死語”に等しい脚気の病因をめぐっての侃侃諤諤(かんかんがくがく)の論争の記述は、日清、日露の戦争を絡めて本書中の白眉(はくび)であろう。

 著者の意図の如何に拘らず、本書は、本邦人の疾病動態を辿りつつ、またとない戦争告発の書ともなっている。それは、歴史学者たる著者の面目躍如たる精緻を極めた文献渉猟によって、これでもかこれでもかと呈示される日清日露の戦死者の数、その死因の内訳に如実に表わされている。即ち、実戦での戦傷によるよりも、兵士達の命をより多く奪ったのは、脚気、マラリア、栄養失調であり、戦病死が戦死をはるかに上回っていたという事実を突きつけられて、我々は戦争の愚かさ、悲惨さ、非人間性を改めて思い知らされるのである(第五章「戦病の大量死とマラリア」)。

 本邦人の近代医学史の主役は、野口英世、北里柴三郎らが国際的に活躍した細菌との戦い(第三章「伝染病との戦い」)も看過できないが、なんといっても、“亡国病”の名をほしいままにした結核であろう。いわゆる“サナトリウム文学”を生んだこの宿痾にまつわる数々のエピソードを語る著者の筆は冴え渡り、法学部出にして著者が文学にも造詣の深いことを思い知らされ、感嘆させられる(第四章「結核との長期戦」)。

 一方で、この病に対する治療法の変遷が綴られる件(くだり)では、身につまされる思いも新たにしたのである。と言うのも、“一卵性親子”と叔母から揶揄(やゆ)された程母っ子であった私から、結核は、危うく母を奪いかねなかったからである。

 第二次大戦後五、六年を経た頃、母は結核を患い自宅で病臥の身となった。母の実弟である叔父が内科医として勤める名大の分院に“人工気胸”を受けに行く母について行ったこと、特効薬とされたストマイ(?)を買いに百円某(なにがし)かの金を持たされて徒歩で半時間程の所にある薬局へ通った幼き日々が、本書を繙(ひもと)きながら物悲しくも懐しく蘇ってきた。

 母は最後には本書でも槍玉に上げられている“胸郭成形術”を勧められたが、そんな体がひん曲がるような手術を受けるくらいなら死んだ方がマシ、と頑なに拒んだという。

 母が罹患した当時、結核は尚十万人近い死者を出していたが、母は奇跡的に助かり、七十三歳での死因は脳腫瘍であった。

 本邦では“絶滅宣言”が下されて久しい狂犬病の予防ワクチンを受けて“コルサコフ症候群”なる一種の精神病態に陥った帝銀事件の被告平沢貞通を核に展開される精神病史も興味が尽きなかった(第六章「狂聖たちの列伝」)。

 終章(第七章「肺ガンとタバコ」)の、「タバコは本当に肺癌の最たる原因か?」と、定説化された感のある命題にこれまた文献的考察を駆使して疑問を投じている著者の論旨も、襟を正して傾聴するに値しよう。

 本書を通読した時私の脳裏にしきりに浮かんだのは、“温故知新”なる論語の一言であった。過去の医療者は多くの過ちを犯した。その原因を探り知ることによって、前車の轍(てつ)を踏まぬ叡智へと導かれる。

 本書は、そのことをしみじみと思い知らせてくれる教養書であり啓蒙の書と言えよう。

病気の日本近代史
秦 郁彦・著

定価:1850円(税込) 発売日:2011年05月26日

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