インタビューほか

震災がもたらした
物語の転調

「本の話」編集部

『調律師』 (熊谷達也 著)

――第6話「超絶なる鐘のロンド」では、仙台に調律に訪れた鳴瀬が、東日本大震災に遭遇するという印象的なシーンが出てきます。実際に仙台で被災された熊谷さんは、このシーンをどういった意図をもって書かれたのでしょうか。

熊谷 この小説は、物語が進んでから2回目の「若き喜びの歌」(「オール讀物」2010年12月号。原題「歓喜の歌」)の後に、東日本大震災が起きたことでテーマ自体が大きく変容しました。だから、ラスト2話で、物語が大きく転調するんです。普通、突然の災害や事故を唐突にもってきて描くというのは、物語の約束事としては、禁じ手だと思うんです。ただ、現実には小説では禁じ手とされていることが起こってしまう。そうであれば、2011年3月に震災が起きない世界は、むしろ嘘っぽいんじゃないか。おそらく書籍にする段階で時間軸を震災前にずらして書きなおすことができたかもしれない。でも僕自身、そういう書き方は出来ないし、しないと決めた。変えて良かったかどうかわからないですが、自分としては、変えざるをえなかった。それが僕なりの答えでした。

――実際に、どのような変更があったのでしょうか。

熊谷 喪失と葛藤という基本的なテーマは変わらないんですが、最初は、他人への怒りや憤りといった強い感情との葛藤を描く予定でした。でも、それを内に向けることにしました。あの震災以降も被災地に生きていれば、安易に人を恨む話など書けないですよ。他人を恨むというのは、生きていくエネルギーにつながりますが、自分を責める状況では、それすら生まれないし、そこから抜け出す方法も見つからない。負の情念を自らに向けるほうが物語としての強度が増すと思ったんです。

――ご自身のなかでも、震災を通して小説というものについて変化があったのでしょうか。

熊谷 震災が起きた瞬間は、まさに言葉が失われた瞬間でした。そこで僕は、小説という手法が信頼できなくなってしまった。それでもなぜ書くのかといわれたら、うまく言い返せないのですが。ただ、極限の状況では言葉は無力であるという事実から逃れられない。それを了解した上で、小説という形で、人に文章を届ける意味について考えてみようと思ったんです。だから、作家としてもがきつづける方が誠実なんじゃないか。間違っていてもよいから発信したい。震災後の小説は、すべてそういう気持ちで、自分の仕事に向き合っていくべきだと思ったんです。だから、鳴瀬という主人公で現代小説を書いたのは、僕にとって必要なことだったのかもしれません。

調律師

熊谷達也・著

定価:1838円(税込) 発売日:2013年05月24日

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