いま、この国は大変です。大震災に原発事故、景気は低迷し、国家財政は借金の山です。老後の生活保障に不安がつのるなか、税金は上がりそうな気配です。ただ、こんなに大変なのに、わたしたちは、いまでも「日本に生まれてよかった」と感じているのも確かです。地震や津波に襲われ、放射能汚染の危機に直面しても、やはり「この国に住み続けたい」と思っています。
なぜでしょうか。それは、おそらく、日本が「ここちよい国」だからでしょう。わたしたちの先祖が、暮らすのに快適なこの国をつくってきた歴史に秘密があるのだと思います。
わたしたちは、江戸時代という遺産をもっています。江戸時代二百六十年は、この国の素地をかたちづくった時代です。歴史家として確言しますが、落とした財布が世界で一番もどってくる日本、自動販売機が盗まれない日本、リテラシーの高い日本人、これらは明らかに「徳川の平和」のなかでできあがったものです。
中世までの日本人はそんなものではありませんでした。しかし、江戸時代は何もせずに平和であったわけではありません。内乱、自然災害、侵略、いくつも危機や分岐点があったのですが、わたしたちの祖先が、そのたびに必死になって、未来を選択し、乗り越えてきました。
とするならば、江戸人の姿には、きっと、われわれが学ぶべきところがあるはずです。
わたしはNHK教育テレビ(Eテレ)のスタッフとともに、新しい視点で江戸時代をながめることの大切さを話し合いました。そして、平成二十三年(二〇一一年)十月に「さかのぼり日本史 江戸“天下泰平”の礎」という四回シリーズの番組で放映してもらいました。本書は、その放送内容をもとに、多くの人びとのご協力で出来上がったものです。国家のあり方が、社会のあり方が、人間のあり方が、問われているこのとき、この書物を読み、なにかを感じとっていただければ、幸いです。
(「はじめに」より)
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