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音楽への愛にみちた青春バンド小説

音楽への愛にみちた青春バンド小説

文:池上 冬樹 (書評家)

『レイジ』 (誉田哲也 著)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 これが高校時代の前半の話で、このあとの20年間、2人がどのような軌跡をたどるかが、ワタルの「オレ」と礼二の「俺」の2視点で継起的に語られていく。ワタルと礼二と梨央の関係はどうなるのか、どのように音楽活動を発展させていくのか、成功するのか、それとも挫折するのかが、音楽業界の厳しい内情を明らかにしつつ、友情と恋愛の消息を織り込みながら生き生きと語られていくのである。

 バンド小説は数多いけれど、困ったことにたいていの小説には音楽が流れていない。それはクラシック音楽を追求する小説でも同じ。音楽を言葉で表すことはとても難しく、どうしても有名な作曲家やアーティストの名前や曲名を列挙して雰囲気だけを説明するものになりがちだ。

 しかし(当然のことながら)誉田哲也は違う。独創的な警察小説『妖の華』の解説で杉江松恋が紹介しているように、もともと誉田哲也はミュージシャン志望だった。だからおもに80年代から90年代の終わりまでのロック音楽を取り込み、同時に楽曲や演奏スタイルを自在に批評しながら(これがなかなか説得力があって面白い)、具体的にメロディやサウンドを喚起させるし、織り込まれる歌詞も優しくリリカルで印象深い。何よりもいいのはメリハリのある物語の展開だろう。ミュージシャンになる夢が敗れた後、フリーライターのあとに小説を書き始めるのだが、そのときに参考になったのがミュージシャン志望のときにたくさん書いていた歌詞だという。歌詞がもつ起承転結の技や呼吸を思いだし、それを物語の上でいかしているのだ。

 だから、本書『レイジ』の冒頭からギターやボーカルが鮮やかに聞こえてくる。コピーするだけで満足の、中学生の力んだ、でも平坦な音楽がちゃんと響いてくるし、やがてたどたどしくも心から叫ぶ声が聞こえてくるし、それが次第に練り上げられてプロのなめらかな楽曲へとつながり、紆余曲折をへたあとの淋しくも辛い響きを醸しだして読むものの胸をうつようになる。人物たちの変化にとんだドラマが強弱と緩急のついた語りで紡がれ、なんとも心優しい気持ちになるのである。

 本書『レイジ』は抜群の語り部である誉田哲也の、音楽への愛にみちた青春バンド小説である。ミュージシャン志望だった作者の書きたくて書きたくて仕方なかったという思いが脈打っている作品だ。生きることと音楽があることの幸福が全篇で謳われていて、何とも心地よい。実にいい小説だ。

レイジ
誉田 哲也・著

定価:1550円(税込) 発売日:2011年07月14日

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