書評

傲慢であること──市川團十郎家の家訓 

文: 中川 右介 (作家・編集者)

『悲劇の名門 團十郎十二代』 (中川右介 著)

 歌舞伎という演劇がどのような変遷を経て現代に至ったか、大雑把に把握できると思うし、そういうことに興味のない方でも、三百五十年にわたるひとつの家の歴史物語として、楽しめるよう書いたつもりだ。

 なにしろ、この家は事件が多い。一般に、家が長く続くためには、事件はないほうがいいはずだ。それなのに、歴代の團十郎には、まるで「芝居」のように事件が起きる。

 それまでの歌舞伎とは隔絶した新しい英雄像を生み出し、異端児として成功した初代は、四十五歳にして、上演中の舞台の上で刺殺される。四代目はその出生に疑惑があるし、三代目と六代目は二十二歳というこれからという時期に病死した。七代目は江戸追放、八代目は謎の自殺、昭和の名優十一代目は襲名から三年にしてガンで亡くなり、当代も息子海老蔵の襲名披露公演の最中に白血病で倒れ、奇蹟の復活……。海老蔵が殴られた事件など、この家の歴史のなかでは、些細な出来事だ。

 他にも、現代とは異なり、徳川時代は役者同士が舞台の上で罵(ののし)り合うなど、トラブルが絶えない。團十郎家が乗っ取られる危機もあったし、女性問題も、当然のように頻発した。

 つまり、團十郎とは、周囲と軋轢(あつれき)を起こし、時には殺され、時には江戸追放になり、あるいは重圧に耐えられずに自殺してしまうという、すさまじい人々なのだ。それでいて、常に大スターだった。

 歌舞伎に対する最大の批判は、世襲と門閥に対するものだが、実は、血統で続く名跡はそう多くはない。弟子を養子にしてつなげていた名跡もあったが、その多くが消えてしまった。三百五十年にわたり、血統は別になったが、常に当主がいた家は、いまや市川團十郎家しかないのだ。その意味でも珍しい。

 いま、歌舞伎は過渡期にある。歌舞伎座が建て替え工事中なのに加えて、海老蔵は出演の見通しが立たず、さらに中村勘三郎も休演が続き、坂東玉三郎は新橋演舞場に出ようとしない。もっとも集客力のある三人が不在の状況なのだ。歌舞伎ファンには、この本で、その寂しさを少しでも紛らわせていただければ、と思う。

悲劇の名門 團十郎十二代
中川 右介・著

定価:998円(税込) 発売日:2011年04月20日

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