かつてわたしには亡き坂本多加雄から眼前でおしえを受けるということのほかしあわせな歳月があった。往時、独特の早口から発せられるかれの談は、およそつねにはっとするような知的啓発に導いてくれることばかりだったとおもう。
本書との関わりでいえば、たとえばこんなのがある。ヒトラーとスターリンが「相互理解」につとめようと徹底的に話しあったところ、とうとう解りあえたのは互いにこいつは不倶戴天の敵でしかないということだったとか(本書の「序章」と「終章」の「相互理解」の項目を一瞥されたい)。あるいはこんなのもある。遺憾ながらこの世にはそれ自体は「道徳的にいかがわしい手段」を用いないと解決しない事柄がある。つまり歴史は、人間生活のさまざまな領域で、暴力や強制が介在してきたことを示している。だからすべての「政治的思考」はこの事実を認めることからはじまるんだとか(これは本書全体に底流しているとわたしはおもう)。
そしてそこで、坂本はいつもいうのだった。戦後の日本人はこうしたことが解らない。いや、顔をそむけて認めたがらないんだなと。
日本独自の「来歴」
ところで、たとえばハーバート・ビックス、伊藤之雄氏、高橋紘氏らの大部の昭和天皇論などこのところ天皇論が盛んなようだが、今般あらたに「天皇論」を冠して新装なったこの名著は、そうした個別の天皇に関する伝記的作品とまったく趣を異にするものだ。本書によれば、われわれは日本国の現状やこの国のながい“来し方行く末”すなわち「来歴」を踏まえつつ、あらためて天皇と憲法に規定されたその制度を考察しなければならない。この観点から坂本は、たとえば現行憲法の解釈にさいし、君主打倒により「国民主権」が確立されたとするフランス革命の「物語」をモデルとして論じるのは誤りであり、われわれはあくまで日本独自の「来歴」をもとにこの問題を論じなければならないというように。
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