その観光ツアーでどこをどう訪れたのか、私はよく覚えていない。
皆の心と目を巧みに捉え、二国の間の時空を越えて森羅万象を説く田丸さんに、釘付けだったからだ。
イタリアを介して、日本を理解する。
外国語を習得する真義を見いだせずにいた私に、田丸さんは一生の指針を示してくれた。
ミ・リコルド。
〈先輩、あの日のことを忘れたことはありません〉
「自分の国を異邦人の目で改めて見直し、自国に対する理解を深めるきっかけにもなった」(P.21)
とあるとおり、田丸さんの足下は少しも揺るがない。
「何を言い出すかまったく予測のつかない」他人の発言を訳すために、幅広い知識を身につける。言うのは簡単だが、実行は難しい。
業務が終わっても、早朝から深夜まで、田丸さんはひとときも休まずにメモを取り、読み、繰り返していたのを思い出す。
字面の知識だけでは、言葉に命はこもらない。
「自分が言いたいことを(外国語で)伝える能力と、他者の意見を他者のために的確な日本語に置き換える能力は、別もの」なのである(P.91)。
田丸さんは、句読点までも通訳する。
イタリア語が歓声を上げ、日本語が吐息を漏らす。
異国を知ることは、自国を知ることなのだ。
アマルコルド。
田丸さんを通して日本に届いた、さまざまなイタリアが回想する。
私も覚えている。
イタリアへ田丸さんに導かれた、いろいろな日本が頷く。
この書には、田丸さんが通訳として過ごしてきた四十年の軌跡が収められている。その業歴は、そのまま日本とイタリアの交流の歴史である。
プレゼント
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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