わたしたちは、二人とも引きませんでした。ばちばちとにらみあって火花を散らし、最後はじゃんけんで決めるしかないだろうか、という不穏な雰囲気にまでなりました。
そこで、相手は、あっと驚く最終兵器をとりだしてきたのです。
「あの、私、実はすでにこの本の書評を、書いているのです」
彼はそう言ったのでした。
負けました。
だって、まだ発売して二日くらいだというのに、すでにその本を自分で買って持っていて、おまけに書評そのものまで書いてしまっているんですよ。完全に、負けましたよ。
新聞書評の会合は、いつも熱かったです。そこで得た本を書評するのは、なんて楽しいことだったのでしょう。あれだけ争ってこの本の権利を得たからには、負けた相手が「こんなの、だめだい」と思わないような書評を書きたいものだ。そんなプライドも、ありました。
『大好きな本』の前半には、そうした「熱い」場を経てきた書評が載っています。たったの四百文字ほどの書評では、何ほどのものも表現できない。そういう考えかたもあります。そして、それはある一面の真実です。ただ、そのたったの四百文字の中に、いかに自分の思ったことを少しでもたくさん注ぎこむかという苦心の道は、また楽しいものでもあったのです。
結局北村さんの書評をその時書くことはできずに、けれどわたしは虎視眈々と次の機会をねらうことになります。そして書いたのが、本書におさめられている『盤上の敵』の新聞書評であり、文庫本『ターン』の解説でした。
こうなると、すでにもうこれは「書評」ではなく、小説家へのラブレターのようなものですね。そう思って振りかえってみれば、北村さんに限らず、いつもわたしはラブレターを書くような気持ちで、書評や解説を書いてきたような気がします。こんなに厚いラブレター集ができるなんて、気の多いことはなはだしい、というものですね。
ちなみに、北村さんの本を争った猛者は、哲学者の野矢茂樹さん。あの時はくやしかったですー。
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