書評

歴史は脳を若くする

文: 出久根 達郎 (作家)

『文藝春秋にみる坂本龍馬と幕末維新』 (文藝春秋 編)

 勝の娘の“いつ”は、クララと同い年であった。しかも誕生日が一日違いなので、お互いに気が合った。海舟はクララ一家の住まいの面倒をみてくれた(勝家の屋敷内に、建ててくれた)。

 明治十二年十一月、クララは兄から聞いた海舟の言葉を記している。西郷隆盛の死後、日本には正直な人間が一人もいない、と確言したという。そして、こう続ける。「ミカドは非常に裕福だが、他はすべて貧しく、官吏はみな他人のものを奪って自らを豊かにしようとする。誰も決して正直にならない、今日の時勢では正直は割が悪く、正直を実行しようと努めるものはすべて絶望に逐(お)いやられ、名誉の値があまり低すぎるのに失望して自殺してしまうといわれたという」

 明治の世になっても海舟の身を狙う者は絶えなかったようで、海舟は昼は外出せず、夜になって「武装して」お忍びで用をすませていた。クララはテーブルに置かれた海舟の刀のことを書いている。

 クララの見た海舟も魅力的だが、更に嬉しいのは海舟夫人の“たみ”の言動である。

 クララの母が病気で寝込んでいると、早速見舞いに訪れ、病人をこう言って慰めた。女って心配性だから取越し苦労も多く、実際、私がそうでした。でも年をとった今では、何ごとでも来るものはどうせ来るのだから、もう何も心配しないでおりますよ。

 この一カ月後、クララの母は階段から足を踏み外して転落する。さいわい打身(うちみ)だけですんだが、ドクター・ベルツの処方は、ヒルに血を吸わせなさい、だった。ヒルを二十匹買ってきたが、(当時はこういうものも売られていたのだ)クララはこわくて扱えない。“いつ”に相談した。母が用い方を知っているはず、と呼んでくれた。

 “たみ”は海舟にしょっちゅう施しているのだ。手ぎわよく処置してくれたあと、血のついた手を上げて、何と血ぬられた年寄りでしょう、ごらんなさい、もし血なまぐさいことが必要の時は、すぐにお呼びなさいよ、と言った。

 後年、母は亡くなり、青山墓地に埋葬された。青山墓地に入った最初の異国人である。海舟夫人は、クララを慰めた。悲しんでばかりいてはいけない。涙で母上を取り戻せない。母上は何の苦痛もなく、今は幸せです。元気を出して、あなたの兄や妹さんのために生きなさい。学校を続けなさい。悲しい時はいつでもおいでなさい。一緒に泣き、一緒に笑いましょう。母上のように勇敢に正しくお過ごしなさい。先のことを考えず、今日という日以外にもう無いと思い毎日をお過ごしなさい。

 海舟よりも、“たみ”夫人の方が、はるかに偉大な人であったような気がする。

 なおクララと結婚した梅太郎は、戸籍上は勝家の三男だが、“たみ”夫人の実子ではない。海舟が長崎で生ませた子である。夫人は実子と分け隔てなく、一緒に育てていたのである。普通できることではあるまい。

文藝春秋にみる坂本龍馬と幕末維新
文藝春秋・編

定価:1680円(税込) 発売日:2010年02月26日

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