書評

歴史は脳を若くする

文: 出久根 達郎 (作家)

『文藝春秋にみる坂本龍馬と幕末維新』 (文藝春秋 編)

 クララは海舟を、理想的な人と語っているが、それは異性の見方だろう。“たみ”夫人の器の方が大きい。海舟は六人の孫の名づけ親になった。こんな名である。「梅久(うめひさ)」「和気(わき)」「喜乃(きの)」「幸(ゆき)」「礼(れい)」「勇(いさむ)」。昭和四十九年当時、長兄の梅久(ウォルター)と末妹の勇(ヒルダ)が健在だった。八十七歳と七十七歳。末妹のヒルダがこの年来日し、その際クララの日記を持参したのである。

 

『文藝春秋にみる坂本龍馬と幕末維新』には、この他たくさんの秘話が収められている。タイトルだけでも、想像できよう。いわく、「私の祖父が龍馬を殺した!」「わが彰義隊敗走記」「人間・明治天皇」「坂本龍馬の『藩論』」「士族の思い出」「維新を彩る女人群像」「維新人物豆評伝」「新選組はゆく」「龍馬暗殺をめぐって」……。

「隆盛じいさんとばあさん」は、孫の証言である。西郷隆盛夫人の素顔が語られているのは、珍しい。

 隆盛が結婚したのは三十八歳の時、相手は二十四歳の糸子という士族の娘である。子どもは男三人、教育はもっぱら夫人の役目だった。スパルタ式の厳格な教育だったという。結婚生活はわずか十二年間で、未亡人になってからの方が苦労の生活だったが、孫たちにはただの一度も「苦しかった話」はしなかった。いつも明るい思い出話であったという。

 上野公園の西郷像は、犬を連れて兎狩りをする姿を写している。隆盛は欲のない人だったが、夫人によると、たった一つ、「犬欲」だけは終生変らなかったらしい。いつも十匹くらい薩摩犬を飼っていた。特に可愛がっていたのが、ツンと名づけられた雌犬だった。銅像の犬は、このツンがモデルという。銅像の除幕式に列席した糸子夫人は、夫がツンツルテンの着物姿なのが不満だったらしい。孫たちにこう話していたという。

「あれは狩り(仮り)の姿で、ほんとうは実に威儀を正した、何事にもきちんとした人だったのに……」

 洒落をまじえているのが嬉しいではないか。

 その他、実母に頭が上がらぬ明治天皇など、維新談というと男だけの世界のように思われるが、男どもより溌剌(はつらつ)と活躍する女性の姿が、ちらちらと登場する本書は、「歴女」向けというより、一般の女性が読んで楽しいだろう。「世々に生きた人達に、人としての魅力を一入感ずるように」なるはず、「幕末通」になられたあなたは、古くさい人になるのでなく、逆であって、若返られるに違いない。

文藝春秋にみる坂本龍馬と幕末維新
文藝春秋・編

定価:1680円(税込) 発売日:2010年02月26日

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